🗣 なぜ僕は「僕」と言えなかったのか?

🗣 なぜ僕は「僕」と言えなかったのか?

🌀 自分との葛藤──言いたいのに言えなかった場面たち

誰かと話しているとき、ふと気づくことがある。
「あれ? 今の、僕はちゃんと伝えたかったことを言えたのかな?」
そう思う瞬間が、案外多い。

たとえば、会議で意見を求められても、
つい周りの意見に流されてしまったり、
本当は少し違和感があっても、「うん、そうかもね」と頷いてしまったり。
その場では「波風を立てずに済んだ」とホッとするけれど、
あとで一人になってから、「ああ言えばよかったな」と、静かに後悔する。

周りに合わせすぎてしまうのか、
空気を壊したくないのか、
そもそも自分の考えがよく分かっていないのか。

理由ははっきりしないけれど、
気がつくと、僕はまた「自己主張できなかったな」と、もどかしさを抱えていた。

🔍 翻訳との遭遇──違和感は、LINEが教えてくれた

先日、日本語がまったく話せない人と知り合って、
LINEの自動翻訳機能を使ってチャットをした。

いつも通りに日本語で入力したら、
僕が「自分のこと」を話しているつもりだった文章が、
英語では “you” や “your” に訳されていた。

それはまるで、僕の言葉が僕の手元から離れ、
相手に責任が押し付けられているような──そんな奇妙な感覚だった。
「え、僕は自分の話をしているんだけど…」と、内心ざわついた。

それで、翻訳される前の日本語の段階で、
主語や所有格(私、僕の)を意識して入れるようにした。
すると、相手の返事もスムーズになったし、
なにより、「これは僕の言葉だ」という実感が、ほんの少しだけ芽生えた。

🌱 言葉の力──主語を入れることで見えた自分

もしかして、これって普段の日本語の会話でも意識してみたら、
何か変化があるんじゃないか。
そんな予感がした。

それから、会話の中で、できるだけ主語を入れるようにしている。
「やった」ではなく「僕がやった」。
「いいと思う」ではなく「僕はそれがいいと思う」。

たったそれだけの違いなのに、
自分の気持ちに責任を持てたような感覚があった。
まるで、自分の発言にちゃんと「自分の名前のハンコを押した」みたいな、
そんな確かな手応えがあった。

誰かを説得したいとか、自分を大きく見せたいわけじゃない。
ただ、「僕はこう思っているよ」と言えるようになりたいだけなんだ。

🌸 ゆるやかな変化──自分の言葉で生きていくために

主語を入れる。
それだけのことで、自分の言葉が、自分のものになっていく気がする。

「僕は、まだうまく言えないけれど」
「僕は、これから少しずつ変わりたいと思ってる」

そんな風に、自分の気持ちを“名乗る”ことから始められたら、
きっと未来の僕は、もう少しだけ強く、優しくなれるんじゃないか──
今は、そんな風に思っている。

そして、もしこの文章を読んでくれたあなたが、
ふと立ち止まって、こう問いかけてくれたら嬉しい。

「今日は、自分のことを、自分の言葉で表現できただろうか?」

この小さな一歩が、きっとあなたの、そして僕の言葉を、
もっと豊かにしてくれるはずです。


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✨ 占いが「当たった」んじゃない。僕が未来を「始めていた」んだ

🔮 生年月日だけの占いに、思わずうなった

一昨日、ある会合で知り合った方が「趣味で占いをしている」と言うので、興味本位でお願いしてみた。
氏名と生年月日だけで出す、ごくシンプルな鑑定。スピリチュアルな対話やカウンセリングのようなものではない。

だからこそ、気軽だった。
「まあ話のネタにでもなれば」と、軽い気持ちで受けてみたのだ。

ところが、結果を読んでいて思わず手が止まった。
2025年の運気について、こんなふうに書かれていたのだ。

「今年は人脈づくり、海外旅行、そして行動を始めることが開運につながる」

…もう、全部やっている。

SNSでの発信は、今年はじめから少しずつ始めていた。
人とのつながりを意識して、オンラインでも対面でも、やりとりが増えている。
さらに10月には、台湾旅行を計画しているところだった。

「これからこうするといい」ではなく、すでに自分が動いていた方向が、そのまま書かれていた。
まるで、あとから答え合わせをしたような感覚だった。

🧭 「ただの思いつき」だったはずが

あらためて、なぜ行動を始めたのかを振り返ってみる。

去年までの僕は、どこかで「もう頑張らなくていい」と思っていた。
FIREを達成し、自由な暮らしを手に入れたのだから、それ以上を求める理由がなかった。

でも、気づけば何かが足りなかった。
目的もなく過ぎていくカレンダーを眺めるような、たっぷりあるはずの時間が、なぜか満たされなかった。

そんなとき、友人の勧めで始めたSNSの発信。
投稿ボタンを押したあとの、あの小さな緊張感とわずかな高揚──
静かな水面に石を投げるような感覚だった。
その「波紋」が、少しずつ人とのやりとりを呼び込み、自分の中の静けさを変えていった。

「そろそろ、次の何かを始めたかったのかもしれない」
そんな自分の本音が、占いを通して浮かび上がってきた。

🌱 占いは“行動のあと”に効いてくる

「占いなんて信じないよ」という人もいる。
僕もその気持ちはわかる。

だけど今回の体験は、信じる/信じないの問題ではなかった。
すでに起こっていたことを、他人の言葉で言い当てられた
それは、まるで曇りのない鏡に、今の自分の姿がはっきり映し出されたような感覚だった。

占いに背中を押されたわけじゃない。
自分がすでに歩き出していた道を、占いがそっと照らしてくれたような感覚だった。

だから思う。
占いは「未来を教えるもの」ではなく、
「いま、自分がどこにいるかを映すもの」なんだと。

🌏 未来と行動がつながる感覚

人生には、ときどきこんなことが起きる。
何気なく始めたことが、あとから「意味のある選択」だったとわかるような瞬間。

それを「運がいい」と言ってしまえばそれまでだけど、
自分で選んだ行動が、気づけば未来につながっていた──そんなことも、きっとある。

あるいは、僕たちは無意識のうちに、まだ見ぬ未来に導かれているのかもしれない。

あなたが今、なんとなくやってみたいと思っていること。
それも、すでに始まりつつある“未来の流れ”なのかもしれない。

皆さんの「これって、未来の始まりだったかも?」という体験があれば、ぜひコメントで教えてください。


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🛌 ゲイ専用の老人ホーム

🌏 人生の終盤、あなたはどこで、どんな風に笑っていたいですか?

かつての私には、老後をどう過ごすかなんて、ぼんやりとしか想像できませんでした。
でも今、FIREを達成して、ようやく日々の生活に余裕が生まれてくると、これから先の暮らし方について、少しずつ具体的に考えるようになったんです。
そんな中でふと浮かんできたのが、「ゲイコミュニティに特化した高齢者施設で、安心して過ごしたい」という願いでした。

🏘️ 多様な選択肢:ゲイの老後を支える希望の光

ここ数年、LGBTQ+の高齢者を受け入れる施設が、少しずつですが増えてきました。
たとえば東京・渋谷区では、同性パートナーシップ制度と連動した介護施設での受け入れ体制が整いつつありますし、アメリカではLGBTQ+高齢者専用の集合住宅が実際に運営されています。
同性カップルでの入居や、職員の理解促進など、確実に前進していると感じます。
とはいえ、特に「ゲイ男性が安心して暮らせる場所」となると、まだ選択肢は限られています。
だからこそ、こうした取り組みをもっと広げていけたらいいですよね。希望の灯を絶やさず、少しずつでも未来を変えていけたらと思います。

🧱 居心地の良さと排他性の狭間で:ゲイオンリーが問いかけるもの

ゲイだけが集まる施設なら、セクシュアリティに起因する気まずさや誤解を気にせず、自然体で過ごせそうです。
でも同時に、「ゲイだけ」という枠組みが、他の人を遠ざけてしまうのでは?という葛藤もあるんですよね。
差別から守られたいという気持ちと、自分が新たな「壁」を作ってしまうかもしれないという不安──。
このあたりは、正直まだ自分の中でも整理がついていません。

🤝 究極の「安心」とは? 共生社会における多様な老後の形

私が本当に求めているのは、「信頼できる他者とともに暮らせる環境」です。
それが必ずしもゲイオンリーである必要はないと思っています。理解ある異性愛者や、他のマイノリティと共に暮らすという選択肢も、きっとありなんですよね。
たとえば、共用スペースで交流しつつ、プライベートな空間も確保された“コレクティブハウス”のような住まい方。
こうした共生型の生活スタイルがもっと広がっていけば、ゲイに限らず、誰もが自分らしく、心地よく暮らせる社会に近づいていけるような気がしています。
偏見なく、孤立せず、自分のセクシュアリティを隠さなくていい空間。
そんな“ちょうどいい関係性”が築ける場所を、これからゆっくり探っていきたいなと思っています。

🐢 小さな一歩が、未来をつくる

この理想は、すぐに実現できるものじゃないかもしれません。
でも、だからこそ私たち一人ひとりが今できること──それは、老後の暮らしについて語り合ったり、信頼の種をまいたりすることなんだと思います。
共生の場づくりには時間がかかります。でも、だからこそ今、私たちができることがあるんです。
日々の小さな声や行動が、少しずつ未来の土台を築いていくはずです。
私は、そうした積み重ねが、高齢になった時の私たちを、心から笑える場所へ導いてくれると信じています。
あなたにとっての「安心できる老後」は、どんな景色に見えますか?
そして、そのために今、どんな一歩を踏み出せるでしょうか?
もしよかったら、あなたの考えも聞かせてください。


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🏡 ゲイの絆で創る『帰る場所』

✨「帰る場所」は、ひとつじゃなくてもいい

──そんな発想が、あなたの人生を劇的に豊かにするとしたら?

時間にも場所にも、ある程度の自由を得た今。
それでも「毎日がどこか物足りない」と感じる瞬間があるのはなぜだろう──。

住み慣れた場所に根を張る安心感を味わいつつ、
心のどこかで、こんな問いが浮かんできます。

「あなたにとって、本当に『帰れる場所』とは?」

季節や気分に応じて暮らす場所を変えられたら、人生はもっと豊かになるかもしれない。
そんな想像を、いつもそんなことを考えています。
これは、「信頼」を基盤に、ゲイの仲間と育む新しい多拠点生活の構想です。

🏠 「信頼」をベースに家を貸し借りするという発想

現実的に複数の家を持つのは簡単ではありません。
空き家になれば傷みも早いし、税金や維持費もばかにならない。

そこで思いついたのが、信頼できる仲間との家のシェアです。
旅行や不在のあいだ、信頼する友人に家を使ってもらえれば、家も活用され、維持費の負担も軽くなる。

営利目的ではなく、お互いの生活を補い合う関係性
そう考えたとき、思い浮かんだのが、ゲイの友人たちでした。

価値観やライフスタイルが似ている仲間同士なら、お互いのプライバシーを尊重し、助け合う関係性のもと、スムーズに成り立つ。
それが、長く付き合ってきたゲイの仲間たちだった──という、私にとっては必然とも言える発想でした。

🔐 どう実現する? 運営方法とクリアすべき課題

この構想をどう実現すればいいのか。
Airbnbのようなオープンな仕組みではなく、クローズドなコミュニティで、Googleカレンダーなどを使って「誰がいつどこに滞在するか」を共有するのが現実的かもしれません。

物件の種類にも注意が必要です。
区分マンションでは住人の届け出が必要な場合も多く、人の出入りに厳しい面があります。
その点、戸建てであれば管理規約の縛りも少なく、より柔軟な運用が可能です。

鍵の受け渡しについても、今はスマートロックを使えば物理鍵は不要。
指定期間だけ開けられるように設定できるため、セキュリティと手軽さの両立が可能です。

そしてもうひとつ忘れてはいけないのが法的な視点。
民泊新法や旅館業法などの制約にも気を配る必要がありますが、これはあくまで営利ではなく「個人間の信頼による協力」というスタンスで、
法的な部分にも配慮しながら、安心して長く続けられる仕組みを整えます。

もちろん課題はあります。
でも、それをひとつずつ解決していくことで、より洗練された多拠点生活が形になっていく──
そんな手応えも感じています。

🔎 この構想、すでに実践している人はいる?

完全に一致するモデルケースはまだ少ないかもしれませんが、似たようなスタイルで暮らしている人たちは確かに存在します。

  • ゲイコミュニティ内での「家のおすそ分け」
    信頼できるゲイ友人同士で、イベントや旅行時に家を貸し借りする例はすでにあります。
  • 友人グループによる別荘の共同利用
    仲の良い数人で別荘を購入・維持し、交代で使うスタイル。
  • サブスク型多拠点サービス(HafH、ADDressなど)
    月額制で全国を巡れる住まいの仕組み。ややビジネス寄りですが、拠点を分散させるという点では参考になります。

共通しているのは、「信頼」が中心にあるということ。
金銭的なメリット以上に、安心して任せ合える関係性があるからこそ、成り立っているのです。

🧳 『お金』を超えた資産:信頼が育む豊かな暮らし

もちろん、実費程度の使用料や光熱費の分担はあってもよいでしょう。
でも大切なのは、「貸す・借りる」ではなく「補い合う」という姿勢。

未来に向けて、そんな関係を築ける仲間がどれだけいるか──
不安がないといえば嘘になります。

それでも私は、「信頼という資産」を少しずつ育てていきたいのです。
お金では買えない安心感。それが、この構想の核にあります。

🌅 まだ見ぬ居場所を求めて:新たなライフラインの創造

この構想は、単なるノマド的な自由ではありません。

複数の「帰れる場所」を持つという、新しい生き方の提案です。
行き先の自由ではなく、安心して“帰ってこられる場所”があること──
それが人生後半の大切な支えになるのではと感じています。

70歳になるその日までに、いくつもの“心の拠点”を育てていきたい──
そんな願いを込めて、この構想を静かにあたためています。

💬 この場所を、一緒に育てていける仲間になれたら

この構想に、もしあなたの心が少しでも動いたなら──

  • 「実は同じようなことを考えていた」
  • 「もう始めているよ」
  • 「その輪に入ってみたい」

そんな想いを、ぜひコメントで聞かせてください。

この場所を、一緒に育てていける仲間になれたら、こんなに嬉しいことはありません。
この記事が、私たちにとっての『まだ見ぬ居場所』を共に創り出す、確かな第一歩になることを願って。


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👨‍🍳 AIレシピ──「こうすればこうなる」の未来


🍲 レシピは、もう出尽くしている?

この食材に、この調味料を加えて、
この順番で加熱したら、こうなる──

料理の世界には、そんな「こうすればこうなる」の蓄積が山のようにあります。
素材も、調理法も、もうすでに出尽くしているように見える。

でも、人間がすべてを試し尽くしたとは、到底言えません。
地球上には数えきれないほどの食材があり、
その組み合わせや順序や火加減をすべて網羅するには、時間も胃袋も足りません。

🤖 AIの出番は、“まだ試していない組み合わせ”

AIは、過去に「美味しい」と評価されたレシピのパターンを何万通りも学習できます。
その評価には、味覚センサーやレビュー、食文化の傾向といったデータも含まれます。

たとえば──
● ゴーヤとブルーチーズって、合うんだろうか?
● 火を通す順番を変えたら、食感はどうなる?
● 醤油の量を0.2gずつ変えてみたら、どこまで印象が変わる?

そういう“地道すぎて誰も試してこなかった”パターンを、AIなら機械的に検証できます。

しかも、文化圏ごとに「美味しい/不味い」の傾向を分類すれば、
世界中の“隠れた名レシピ”を次々に発掘できるかもしれません。

🔬 料理だけじゃない、“組み合わせの宇宙”

この発想は、料理にとどまりません。

科学も、芸術も、ビジネスも──
すべては「素材 × 手法 × 順序」の組み合わせで成り立っています。

人間がまだ試していない「こうすればこうなる」を、
AIが静かに、一つずつ照らしていく。
それだけで、新しい“発見”がこの先たくさん生まれるかもしれません。

AIは、網羅のプロです。
その真価は、「人間がやりきれなかったことをやりきる」ところにあります。

💡 でも、「こうすれば」そのものを生み出すのは

いくらAIが組み合わせを試しても、
素材自体を新たに見つけ出したり、
「こんな味を食べてみたい」と思いつくのは、まだ人間の領分です。

それは、感情から生まれる願いかもしれません。
家族に美味しいと言ってほしい。
退屈な日常を少し変えてみたい。
人を驚かせて、笑顔にさせたい──

そんな「やってみたい」気持ちが、創造のはじまりになるのです。

🚀 さて、あなたの“やってみたい”は?

未来には、AIが“突拍子もないレシピ”を編み出す日が来るかもしれません。
そのとき僕たちは、「なぜこれを思いついたの?」とAIに聞くかもしれません。
そしてAIは、「なんとなく」と答えるかもしれません。

でも今はまだ──
問いを立てるのも、
やってみたいと感じるのも、
人間の心にしか、宿っていない。

さて、あなたの心の奥底には、どんな『やってみたい』が隠れていますか?


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✨ 裏切りと昇進、そして自由へ

信じていた人に裏切られ、会社で居場所を失ったあの日。
社外で働き続けた10年間は、僕に何をもたらしたのか。
組織の不条理に翻弄されながらも、自分らしい働き方と未来を見つけた物語です。

🕰 転職は、逃げだった

35歳の夏、僕は最後の会社に転職した。前職があまりにもブラック企業で、心も体も限界だった。
だから逃げるように、深く考えることなく転職先を決めた。

逃げるように飛び込んだその場所で、僕は意外にも大きな裁量を得た。
リーダー層が不足していたこともあり、若手をまとめて育てながら、客先で信頼を築く役割を任された。

社内で受託案件を担当していたのは数名ほどで、他の社員はほとんど客先に常駐していた。
僕も入社してすぐ、3年ほどは客先勤務を続けていた。

💼 リーマンショックと自社勤務への転換

リーマンショックの影響で、派遣契約が次々に打ち切られた。
その結果、社員たちは一斉に自社へ戻ることになり、僕もその一人だった。

自社に戻った僕は、帰還した社員の管理と育成を任された。
やがて部下は10人ほどになり、協力会社を含めると20人近いチームを抱えるようになった。

自分の作業をこなしながらのマネジメントは容易ではなかったが、それでもやりがいはあった。
中でも、10歳年下ながら社歴の長い部下は、まるで僕の分身のように成長していった。

彼が同じ職位に昇進したとき、心から彼の成長を喜んだ。
「この会社を一緒に背負っていける仲間ができた」──そう思えた瞬間だった。

🤝 信頼していた営業担当

もう一人、信頼していたのが営業担当の彼だった。
人員配置や事業の見通しまで相談し合える関係で、会社を支える上で欠かせない存在だった。

彼はときどき「いつかは独立したいんだよね」と話していた。
その言葉を聞いても、当時の僕には、まだ遠い未来のことのように思えた。

🔄 外に出ろ、という命令

派遣法の改正で会社の経営が傾き始めた頃、上司から突然告げられた。
「お前は上級SEとしてすぐに売上になる。外に出てくれ」

言葉を選ぶ間もなく、胸の内から「なぜ僕なんですか」「部下たちはどうなるんですか」と声が込み上げてきた。

必死に抗った。
これまで築いてきた関係やプロジェクトを、たやすく手放したくなかった。

けれど、上司は一言、「これは決定事項だ」とだけ言った。
その目は冷たく、感情の余地を与えない。

目の前の現実が、ぐらりと傾いた気がした。
あの瞬間、僕の意見も、想いも、ただのノイズになったのだと悟った。

せめて1ヶ月で戻れるようにと願ったが、3ヶ月、半年、1年と時は過ぎていった。

🚪 離れていく部下たち

社外勤務を続けている間に、部下たちは次々に退職を願い出た。
わずか2ヶ月で5人が会社を去っていった。
僕自身も転職経験者だから、理由を詮索することはしなかったけれど、心はざわついた。

ちょうど同じ時期、営業担当の彼は会社を辞めて独立すること決意した。
ただ、タイミングが重なっただけだと、何の疑いもなかった。

送別会のとき、僕は彼に笑顔で言った。
「新しい道でも、応援しています。がんばってくださいね」。それは心からの言葉だった。

それから数年後、同僚と久しぶりに飲んだ席で、その事実を知らされた。
ビールジョッキを傾けながら、彼がふと口にした一言で、僕の中の過去は一気に塗り替えられた。

「あの時さ、〇〇さんたち、顧客ごと引き連れて新会社に移ってたんだよ。全部仕組まれてたらしいよ」

彼らが担当していた“割のいい案件”は退職直前に一区切りつき、そのまま顧客も新会社へ移されたという。
僕には知られないよう、密かに準備を進めたらしい。

送別会の光景が、頭の中で静かに塗り替えられていく。
最初から、僕は蚊帳の外だった。

たとえ悪意がなかったとしても──
これは明らかに、僕への裏切りだった。

📈 昇進の知らせは「帰社日」に

社外勤務を続けていた僕にとって、月に一度の「帰社日」は数少ない本社との接点だった。
その日は辞令や営業報告が行われる。

変わらぬ雰囲気のなか、辞令が読み上げられていく。
突然、かつての部下の名前が呼ばれた。彼が、僕の上司に昇進したというのだ。

場にざわめきはなかった。
社外勤務の社員にとって、社内の人事は関係のない話。
社内の人たちは──きっとすでに知っていたのだろう。

僕だけが、その場で知った。

胸の奥に冷たいものがじわりと沈んでいく。
まるで透明な壁の向こう側で起きていることを見ているような感覚に陥り、
何も知らされないまま、静かに置いていかれていたのだと突きつけられた気がした。

彼の口からも、同僚の誰からも、その知らせはなかった。
気づけば、僕は知らされる側ですらなくなっていた。

彼は社内で働き、幹部と日常的に接し、状況をよく把握していた。
僕は一方、社外で働き、複数拠点にまたがる社員のマネジメントをしていた。

全体は見えていても、細かな現場の空気までは掴みきれなかった。

それでも、彼にマネジメント力で劣っていたとは思っていない。
だからこそ、あの昇進はどうしても「フェアな評価」には見えなかった。

見えない場所で働く者には、評価も届かない──
その現実を、あの日はっきりと突きつけられた。

⏳ 転職は、うまくいかなかった

「この会社にはもう居場所がない」と思い、本格的に転職活動を始めた。
けれど、なかなか決まらなかった。

一方、会社は少しずつ立ち直り、「東証への上場」を掲げ始めた。

「まあ、うまくいくといいね」と、他人事のように思っていたが──
それは、現実になった。

💰 皮肉な報酬、静かな退職

上場によって、僕が持っていた社内持株とストックオプションは大きな価値を持った。
かつて僕を追い抜いていった人たちが今も会社にしがみついている間に、
僕の資産は、定年まで勤めて得るはずだった給与を静かに超えていった。

怒りも、喜びもなかった。
ただ、「これで自由になれる」とだけ思った。

会社を辞めるのに、もう何の未練もなかった。

🪞 裏切ったのは、誰だったのか

僕を裏切った彼らは、今どんな生活を送っているのだろう。

独立した彼の会社は、今年も新卒を募集しているようだ。
けれど、会社案内のページは古いまま更新されていない。
順調に拡大しているのなら、そのあたりにも少しは手が回るはずだと思うのだけれど。

僕を飛び越えた元部下は、きっと社長から「株は売るな」と言われたままだろう。
その間に株価は1/4以下に下がった。たぶん、売りそびれている。

……そんなふうに思ってしまう自分が、情けない。
だが、最近はこうも思うのだ。

僕自身も、誰かにとっての「裏切り者」だったのかもしれない。
自分の意地や責任感が、知らず知らずのうちに誰かを縛っていたのかもしれない。

「誰も悪くなかった」と美化するつもりはない。
けれど、「誰かのせいにして立ち止まる」のではなく、
「この経験を血肉に変える」ことは、僕自身が選べる道だった。

そして今、ようやく気づいた。
あの時の悔しさや孤独も、いま僕が「誰と、どんな働き方をしたいか」を選ぶ軸になっている。

🧭 経験は、選び直すための材料

裏切られた経験は、ときに痛みを伴う。
でも、その痛みをどう意味づけ、どう次に活かすかは、自分で選ぶことができる。

あなたも、組織の中で理不尽な経験をしたことがありますか?
その経験は、きっとあなたの次の選択に繋がっているはずです。


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🌈 マツコだけじゃない! LGBTQ+の多様性

🧑‍🤝‍🧑 「ゲイ=オネエ」の誤解を、そろそろ終わりにしませんか?

ゲイとして生きる中で、テレビで見かける“ゲイ像”と現実とのギャップに、何度も戸惑ってきました。

マツコ・デラックスさん、ミッツ・マングローブさん、IKKOさんなど、女装をまとい「お姉さんキャラ」として活躍する方々が、バラエティ番組では圧倒的な存在感を放っています。

もちろん、彼らの存在がゲイというアイデンティティを世の中に可視化する突破口になったことは間違いありません。でも、そのイメージだけが「ゲイの代表像」として一人歩きしてしまう現実に、私はずっと違和感を抱えてきました。

👨 「男らしいゲイ」の存在は、なぜ見えにくい?

私自身、男性的な容姿で、男性的な振る舞いをしていて、恋愛対象は男性──いわゆる「ノンケっぽい」と言われるタイプのゲイです。

私の感覚では、こうしたタイプのゲイが全体の半分ほどを占めていて、残り半分は、男性的な容姿ながらもやや女性的な所作や話し方を持つ人たち。いずれにせよ、「女装」や「オネエ」とは無縁のスタイルです。

ところが、テレビやメディアで紹介されるのは、ほとんどが「わかりやすい記号」としてのゲイ像。結果、「ああいう人がゲイなんでしょ?」という単純化されたイメージばかりが広がり、私のようなゲイの存在は、社会の視野からこぼれ落ちてしまっているのです。

(※なお、正確な統計はありませんが、LGBTQ+に関する調査の中でも「マスキュリン(男性的)なゲイの存在は可視化されにくい」といった分析は散見されます。)

🕯️ 唯一無二だったマエケンさん

そう考えると、2年ほど前に亡くなった前田健(マエケン)さんは、とても貴重な存在でした。

テレビでは“オネエ”として笑いを取る場面もありましたが、書籍や対談では、自身の孤独や家族との距離、恋愛の苦悩などを、静かに、真摯に語っていました。

テレビのキャラとして求められる役割と、自分自身のリアル。その両方を背負いながらも、画面の奥に「本当の声」をにじませていた数少ない人だったと思います。

🎤 槇原敬之さんに思うこと

もうひとり、私の中で特別な存在なのが槇原敬之さんです。

一時期、彼自身が同性のパートナーの存在をにおわせるような発言をしたことがありました。しかし、ファンや社会の空気を慮ってか、それはすぐに“なかったこと”のように扱われ、長く語られることはありませんでした。

そして近年、報道によって再び同性パートナーの存在が伝えられましたが、あらためてセクシュアリティについて公に語ることはありませんでした。

けれど私は、それを単なる“沈黙”だとは思っていません。

もしかすると、彼はこうした懸念を抱いていたのかもしれません──
「ゲイが薬物に手を染める存在だと誤解されたくない」と。
あくまで私の想像ですが、もしそうだとすれば、それはゲイ全体に対する深い配慮ゆえの選択だったのではないでしょうか。

彼のような実力と影響力のあるアーティストが、いつか自然体で「これは自分なんです」と語ってくれたら。日本社会の“ゲイ観”は、きっと少しずつでも書き換わっていく。
そんな希望を、私は静かに持ち続けています。

🌎 世界を見れば、ティム・クックがいる

海外に目を向ければ、AppleのCEO、ティム・クックが思い浮かびます。

2014年に彼がカミングアウトした際、「自分の行動が誰か若い人の人生を少しでも楽にするなら、それが私の責任だ」と語ったのは象徴的でした。

彼は「ゲイらしさ」を特別アピールするわけでもなく、ただ誠実に仕事をして、世界中の尊敬を集めている。その姿こそ、「見た目や振る舞いでセクシュアリティを判断することはできない」という、もっとも静かで強い証明なのだと思います。

🌈 だから私はブログで発信したい

「ゲイにもいろいろいる」という当たり前のことが、まだ十分に共有されていない──
それが、私がこのブログを書く原動力です。

ゲイだからといって、みんなが女装を好むわけじゃない。華やかに振る舞うわけでもない。
静かに日常を生きながら、たまたま同性を愛している──そんな人も、ここにちゃんと存在している。

私のような「普通に見える」ゲイは、だからこそ誰にも気づかれず、ひとり孤独を抱えていることもある。
そんな存在を、見えないままにしてはいけない。

この社会に埋もれてしまいそうな声に、輪郭を与えたい。
見えないものに、名前を与えるために──。

📝 あなたの周りでは、“ゲイ”ってどんなイメージですか?

もしよければ、コメント欄で聞かせてください。


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🙅‍♂️お前の金じゃないだろ

💼 30年SEが見た「金を出せば偉い」の錯覚

僕は、システムエンジニアとして30年近く、ずっと「受託側」の立場で働いてきた。お客さんからシステム開発を請け負って、要望に応じて設計・実装し、納品する。それが仕事だった。

だけど長くこの立場にいると、“金を出す側”は偉いとでも思っているような人に出会うこともあった。発注者としての立場を盾に、あからさまに見下してくる人。「あれ直せ、これも変えろ。そっちの落ち度だろ」と威圧的に迫る人。

ある現場で、クライアントから「遅い。金払ってるんだからすぐやれ」と言われたことがある。でもそれって、あなたが後から要件を変更してくるからなんですよ。そっちの社内調整が済んでいないのに、こちらだけにスピードを求めるのは、どうなのかと思う。

🧾 そのお金、あなたのポケットマネーですか?

そういうとき、心の中で思っていた。

「いや、それ、あなたの財布から出てるわけじゃないですよね?」

会社の経費で払っているわけで、個人のポケットマネーじゃない。しかもその会社の売上だって、誰かが商品やサービスを買ってくれた結果だ。

もしかしたら、その「誰か」は僕かもしれない。クライアントと僕は、社会の中でお互いを巡る“ぐるぐる関係”にある。委託者と受託者。売り手と買い手。どちらかが絶対的に偉いなんて、そんなことはないはずなのに。

😓 「お客様は神様」の拡大解釈が生んだハラスメント

最近では、「カスハラ(カスタマーハラスメント)」という言葉もよく耳にする。「お客様だから何を言っても許される」と思っているような人たちが、店員やスタッフに対して理不尽な要求や暴言をぶつけてくる。

あれも根っこは一緒だと思う。「金を払っている側が上」という、誤った信仰。そしてその背景には、「お客様は神様です」というフレーズの拡大解釈があるんじゃないか。

あれ、本来は三波春夫さんが「ステージでの心構え」として語った言葉だ。お客さんを敬う姿勢としての「神様」なのに、いつの間にか「客は無敵」みたいな話にすり替わってしまった。

🧍‍♂️ 職場にも潜む「俺は偉い」の勘違い

この“錯覚”は、職場のなかにもある。そう、上司と部下の関係だ。

僕の経験上、出来の悪い会社ほど、自分が“部下より偉い”と思う上司が多い。実際には、会社から「部下をマネジメントする」という役割を任されているだけ。それは役職であって、人格の優劣じゃない

もっと言えば、上司の給料だって、実際には部下たちが稼いだ売上から出ている。売上のない部署で“管理”だけしてても、給料は払われない。それなのに、「俺の指示通りに動け」「黙って従え」みたいな態度を取る人が、驚くほど多い。

もちろん、うまく支えてくれる上司もいた。でもそれは、「偉いから支える」のではなく、「支えることで成果が出る」とわかっている人だった。本当に良いマネージャーは、自分を偉く見せようとはしない

🧠 先回りして喜ばれると、仕事はもっと面白くなる

僕自身、若い頃は未熟だった。やってみて初めて気づくことばかりで、クライアントに指摘されて「あ、そうか…」と青ざめることも多かった。

でも経験を重ねるうちに、「相手が気づいていないことを、先回りして備える」というのができるようになってきた。何か指摘された時、「それ、準備してありますよ」と見せられたときの安堵。あるいは、こちらからの提案に「それ助かります!」と喜んでもらえた時のうれしさ。

そういう瞬間が積み重なると、それまで“上から”だったクライアントも、少しずつ態度を変えてくれる。信頼ができると、関係性って変わっていくものなんだなと思った。

✋ 無理して付き合わなくていい人もいる

もちろん、どれだけ頑張っても変わらない人もいる。最初から最後まで、こちらを“下請け”としてしか見ないような人。

そういう時は、無理しない。「ごめんなさい、合わないですね」と静かに距離を置くようにしていた。仕事は、金額や肩書よりも、「どんな関係で一緒に働けるか」のほうが大事だから。

🤝 信頼でつながる社会を、もう一度見直したい

社会にはいろんな“立場”がある。でも、それが“偉さ”を意味するわけじゃない。店と客も、企業と受託業者も、上司と部下も、支え合ってこそ成り立っている。

金を出しているから偉いわけじゃないし、「お客様は神様」でもない。敬意は、金額でなく、お互いの信頼とまなざしの中にある

上下関係ではなく、“まなざし”で信頼を築く──そんな仕事が少しでも増えたら、きっと職場はもっと居心地よくなる。
あなたはどう思いますか?

もしあなたが同じような経験をしているなら、今日の記事が少しでも、あなたの心を軽くするきっかけになれば嬉しいです。


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🌅初日の出はどこが一番早い?

あれは、僕がまだ幼稚園児だった頃の大晦日の出来事だ。

親せきが実家に集まり、大人たちが酒を飲んで談笑している中、僕は一人コタツに入ってテレビを眺めながら、なんとなくのんびり過ごしていた。
僕は、そのとき流れていた天気予報に目を奪われた。

「日本で最も早く初日の出が見られるのは、千葉県の犬吠埼です」

おお、これはいい情報を手に入れたぞ──
小さな頭に「人より先に知ったこと」が嬉しくて、僕はまっすぐ大人達のところへ駆け寄った。

「ねえ、初日の出がいちばん早いのは千葉の犬吠埼なんだって!」

すると、叔父は笑いながら首を振った。

「何を言ってるんだ。日本で一番東にあるのは北海道なんだから、北海道が一番早いに決まってるじゃないか」

叔父さんの顔には、鼻で笑うような、どこか馬鹿にしたような半笑いが浮かんでいた。
周囲の大人たちも「はいはい」といった感じで流してしまい、僕の言葉はそこで止まってしまった。

あの空気を、今でも忘れられない。

たしかに、地図を見れば北海道の方が東にある。
でも、僕は「ちがうんだけどな…」という確信があった。
それでも言い返せなかった。

地球の地軸が傾いていて、日の出の時刻は単純な東西では決まらない——
そんな理屈を、当時の僕には到底うまく説明できなかった。

ただ、胸のなかでモヤモヤしながら、黙って引き下がるしかなかった。

🎈伝える言葉がないと、正しさは意味を持たない

今思えば、あのときの僕は、人生で初めて「伝えられなさ」による無力感を味わったのかもしれない。

「知っている」だけでは、人は動かない。
「正しい」だけでは、相手は納得してくれない。

伝え方。言葉の選び方。相手との関係性。
真顔で話す子どもに、真剣に耳を傾けてくれる大人がどれだけいるか。

あのとき僕は、それを知らなかった。
いや、知らなかったんじゃない。ただ、手にしていなかった。

だからこそ、くやしかった。

📚小さな「初挫折」と、僕の現在地

それから何十年も経ったけれど──
残念ながら、僕は特に劇的に成長したわけでもなく、今でも会話は得意じゃない。

自分の考えを、その場でうまく言葉にするのが苦手だし、ましてやユーモアで人を笑わせるなんて、とてもできない。
言いたいことがあるのに、言葉に詰まり、会話の流れに乗れずに取り残されることもある。

でも、最近ようやく、そんな自分に合った「伝え方」を見つけた気がしている。

それが、ブログです。

✍️「言葉にできない思い」を、文字にして届けたい

このブログを始めてから、僕はようやく自分の考えを整理しながら、落ち着いて言葉にできるようになった。
誰にも遮られず、タイミングを気にせず、自分のペースで伝えたいことを書ける。

それが、思いのほか心地よくて、今ではとても楽しいと感じている。

まだ始めたばかりで、読者も少ないし、リアクションもまばらだけど──
インターネットという広い世界に、自分の気持ちをそっと置いていけるのが嬉しい。

いつかこの文章が、誰かの目に触れて、
「ああ、この人の気持ち、ちょっとわかるかも」
そう思ってもらえる日が来たら、きっとそれだけで報われる気がする。

たくさん話せなくても、上手に笑わせられなくても。
僕のことを少しずつでも知ってくれて、価値観に耳を傾けてくれる人が増えてくれたらいいなと思う。

☀️それでも、朝日はのぼる

ちなみに、「日本で一番早く初日の出が見られる場所」は、実際にはいくつか条件がある。

  • 🌴 南鳥島:最東端だけど一般人は立ち入り不可
  • 🗾 北海道・納沙布岬:本土の東端だが、地形の関係で冬至前後は遅くなる年もある
  • 🌊 千葉・犬吠埼:平地で観測可能な中では、冬の初日の出が最も早いことが多い

あのとき、テレビが伝えていたのは、ちゃんとした気象観測に基づいた情報だった。
そんな話も、大人になった今なら、落ち着いて、誰かに説明できる。

でも、だからこそ忘れたくない。
あのときの僕の、届かなかった言葉と、飲み込んだ気持ち。

「正しいことを知っていても、伝えられなければ意味がない」
──その切なさを、今も僕は覚えている。


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💫 愛情のグラデーション

🎨 愛情は、色を持っていると思う

「親は子どもを平等に愛している」――よく聞く言葉だけれど、
僕はずっと、そうじゃないと思ってきた。
三兄弟の末っ子だった僕は、誰よりも甘やかされて育ったし、
実際に一番かわいがられていたと自分でも感じている。

だからだろうか。
人を、あるいは動物を「特別に思うこと」と、
「平等に愛すること」は、同じではないと、自然に思っていた。
僕は、愛情とはグラデーションがあるものだと思っている。
そしてこの感覚は、2頭の犬との日々の中で、
より深く、そして具体的に考えるテーマとなっていきました。

🐶 最愛の子、そして新たな命

僕には、2頭の愛犬との思い出があります。
1頭目の子は、いわば“最愛の子”。
仕草、性格、距離感――すべてが愛おしく、特別でした。

たとえば、僕がソファに座ると、すぐに膝の上に乗ってきて、
じっと僕の目を見つめてくる。
あのまなざしの奥にある「無条件の信頼」がたまらなくて、
どんな日でも、その存在だけで救われていました。

その子を失う未来を想像するだけで苦しくて、
僕は“その日の備え”のような感覚で、2頭目を迎えました。

でも――やっぱり、比較してしまうんです。

「あの子はこうだったのに」
「今の子は、それをしてくれない」

💭 比べる心と、無償の愛

頭ではわかっている。
どの子にも個性があって、関わり方も違う。
比べたくないと思っていても、
それでも心は、あの子を基準にしてしまう自分がいる。

そして、そんな自分を「嫌だな」と思う。

けれど、ふと気づくんです。
2頭とも、まったく違う性格であっても、
どちらからも、疑いのない“無償の愛”を感じていたな、と。

それは、食事を与えたり、散歩をしたり、
いわば生活の面倒を見ているから、というだけではない。
その先にある、信頼関係の積み重ね。

名前を呼べばこちらを見てくれる。
何も言わなくても寄り添ってくれる。
ただ、そばにいるだけで安心できる。

血のつながりはないけれど、
まるで親子のような関係だったと思います。
いや、きっとそれは――
「血」ではなく、「時間と信頼で結ばれた親子のような絆」だったんだと、今では思います。

🕊️ 喪失と、向き合う覚悟

1頭目が亡くなったのは、2年前のことです。
僕は意外にも冷静でした。
パートナーが涙を流しているのを横で見ながら、
自分は、心の奥でこう思っていたんです。

「いつかこの日が来ることは、頭の片隅でずっと分かっていた」
「この子は、僕より早く旅立つ運命なんだ」と。

ペットは人間より早く年を取って、先にいなくなる。
それを理解していたからこそ、
「守る側として、しっかり見送る」覚悟も持っていたんだと思います。

📰 守りたい命、そして社会の視線

でも最近、ニュースなどで、
交通事故や事件で我が子を突然失った親の姿を見るたびに、
胸が締めつけられるような気持ちになります。

愛する存在を、自分の意志ではどうにもできない形で奪われる。
その理不尽さを想像するだけで、
もしそれが今そばにいる子だったら――と考えてしまう。

きっと僕は、冷静ではいられないと思う。
加害者に対して復讐心を抱かずにはいられないだろう。
そんな感情を抱く自分に、少し戸惑いと恥ずかしさも覚えるけれど、
それがきっと、正直な僕の感情なのだ。

さらに言えば、メディアの報道のあり方にも、違和感を覚えます。
悲しみを報道することには意味がある。
しかし、それが“消費”のためのものになった瞬間、別の痛みが生まれる。
遺された親の言葉や表情を執拗に追いかけるその視線が、
静かに追い打ちをかけているようで、見ていられないことがあります。

僕が飼い犬に向けて感じているこの強い思いも、
きっと、子どもを持つ親の「守りたい」という感情に限りなく近いんだと思います。
血のつながりがあるかどうかではなく、
「この命だけは、自分が絶対に守りたい」と願う気持ち。
それがある限り、
人はとても強く、同時にとても脆くなるのかもしれません。

🌱 今を生きるこの子と、愛情のグラデーション

今そばにいてくれている2頭目の子は、
過去の誰かの“代わり”ではなく、
まったく違う個性を持った“いまここにいる命”です。

たとえば、先代とは違って控えめで、こちらが声をかけない限りは距離を保っている。
けれど、僕が落ち込んでいると、いつの間にか足元にそっと寄り添っていて、
何も言わずに頭を擦りつけてくれる。

その静かな温もりに、
「あぁ、この子もまた、ちゃんと僕を感じ取ってくれているんだな」
と、胸がじんわりあたたかくなります。

そして最近ようやく、こんなふうに思えるようになりました。

比べることがあってもいい。
それでも向き合い続けることが、愛のひとつのかたちなんだ。

📝 読者のあなたへ問いかけてみたいこと

  • あなたにとっての「愛情のかたち」は、どんなものでしょうか?
  • ペットを複数飼われた経験のある方、「比べてしまったこと」はありますか?
  • ペットとの別れを経験された方、その時に何を感じ、何を学びましたか?