短編小説『隠しコマンド』

プロローグ ── 見えない力

もし──この世界に「隠しコマンド」があるとしたら?

たとえば、神社でふと口にした願いが、実は何かに届いていたとしたら?
それが単なる迷信ではなく、目に見えない“仕組み”の一部だったとしたら?

そんなことを真顔で考えてしまう瞬間が、人生にはある。

たとえば、努力ではどうにもならなかったはずの現実が、なぜかすんなり動いたとき。
たとえば、理不尽の中に、ひと筋の光が差し込んだとき。

「たまたまだよ」「偶然さ」と笑ってやり過ごすこともできた。
けれど、その“偶然”が、あまりにも繰り返されると──
まるで誰かが僕の内心を読んで、微調整しているかのように感じ始める。

あの頃の僕は、そんな違和感すら抱けないほど、心が擦り切れていた。
でも今ならはっきりわかる。

あれは、始まりだった。

何が変わったのか? 僕自身か、世界そのものか。
それとも──僕の知らない「何か」が、そっと手を差し伸べていたのかもしれない。

第1章 ──2020年:最初の違和感

2020年。

世界は静かに狂い始めていた。

新型コロナの感染拡大により、街は音を失った。
人と会うことは罪のようになり、僕はひとり、家に閉じ込められた。

50歳の春。
体重125キロ。血圧は高め。不整脈あり。髪は薄くなり、白髪は隠しきれない。
平凡なサラリーマン。一人暮らし。恋人なし。友達とも疎遠になり、酒量とネットの使用時間だけが増えていた。

「まぁ、人生なんて、こんなもんだろ」

そう呟いてみても、何かが胸の奥で引っかかっていた。
それは諦めではなく、鈍い痛みのような「未練」に近かったのかもしれない。

それでも日々は過ぎていく。
唯一の外出は、夕方の犬の散歩だった。

その日も、いつものようにリードを握り、家を出た。
けれど、なぜか犬がいつもと違う方向へ歩き出した。
引っ張られるままについて行くと、見知らぬ小道に出た。

そして、突然──神社が現れた。

鬱蒼とした木々に囲まれ、ひっそりと佇むその境内。
こんなところに神社があるなんて、今まで気づかなかった。

不思議と、足が止まった。
古びた石段の先にある鳥居だけが、妙に新しく、異質に見えた。
気のせいかもしれない。けれど、その“違和感”が、僕の心をほんの少しだけ揺らした。

それから、散歩コースは変わった。
気づけば、毎日のようにこの神社に立ち寄り、お参りをするようになっていた。

無人の境内。風に揺れる鈴の音。
誰にも聞かれないとわかって、僕はふっと笑いながら、願った。

「このままじゃ、終わりたくない」
「痩せたい」
「見た目を変えたい」
「──誰かに、好かれたい」

小声で、でも、確かに本音だった。

すると、風が強く吹いた。
木々がざわめき、鈴が一際高く鳴った。

「…偶然だよな」

そう思いながらも、背中に残る感触だけが、妙に離れなかった。

──それから少しずつ、何かが変わり始めた。

ごくわずかな、でも確かな“ちがい”。
あの時はまだ、それが「プログラムの応答」だとは、思ってもいなかった。

第2章 ── 2021年:変化という『仕様』

運動なんて、これまで何度挫折したか覚えていない。
けれど、神社で願ったあの日の翌朝、ほんの少し違っていた。
不思議と、「動きたい」という欲求が湧いてくる。 昨日までの僕なら、二度寝を選んでいたはずなのに。

特別な決意があったわけじゃない。ただ、ふとYouTubeで見かけた宅トレ動画を再生してみた。
気づけば毎朝、腹筋とスクワットを繰り返えすようになった。

筋肉痛が、嬉しかった。

鏡の中の僕に、少しずつ変化が現れはじめた。
輪郭がほんのり締まり、Tシャツの裾が浮かなくなってきた。
「痩せた?」「なんか若返った?」
そんなふうに言われるたび、心のどこかがくすぐったかった。

──ただの偶然だ。
努力の成果。サボってた僕が、ようやく真面目になっただけ。

そう言い聞かせていた。でも、否応なく浮かんでくるのだ。
あの神社の、小さな鈴の音。
あの日、風が吹いたときの空気の揺れ。

「まさかね」

そう呟いた舌の奥に、言い切れない予感が残った。

そしてもうひとつ、不可解な変化が始まっていた。

薄くなった額の生え際──そこに、柔らかい産毛が戻ってきた。
AGA治療薬は、まだ手を出していない。
食生活も変えていないし、サプリも飲んでいない。

「……これは、偶然?」

あの日と同じ神社へ、僕は再び足を運んだ。
鳥居をくぐった瞬間、空気がほんの少し、張りつめたように感じた。

前回よりも、願いはずっと具体的だった。

「髪が、ちゃんと生えてきますように」

声に出すのが恥ずかしくて、心の中で強く唱えた。

──今度は、風は吹かなかった。
鈴も鳴らず、ただ静かな夕暮れの空気がそこにあった。

けれど、不思議とがっかりはしなかった。
むしろ、何かがすでに作動しはじめている──そんな確信が、胸の奥にじわりと広がっていた。

偶然かもしれない。でも、もしそうじゃなかったら?

世界のどこかに、“仕掛け”があるのだとしたら──。

僕の人生は、ほんの少しだけど、「仕様」が変わり始めていた。

第3章 ── 2022年:欲望のテンバガー

髪は、明らかに増えていた。
前髪の密度が変わっただけでなく、生え際にうっすらと産毛が並んでいるのが分かる。
美容室の椅子に座ったとき、担当のスタイリストが首をかしげた。

「何かしてます? 薬とか…植毛とか?」

「いや、体質改善ですかね」と、僕は笑ってごまかした。
けれど、内心では鼓動が高鳴っていた。

──効いてる。あの願い、ちゃんと届いてる。

嬉しさと同時に、妙なざわめきが胸の奥に残っていた。
これは自分の努力の結果なのか? それとも──神社?

否定しようとする理性の声を振り払うように、次の願いを考えた。
髪と見た目を手に入れた。なら、次は──

お金だ。

神社の鳥居をくぐるとき、かすかに風が吹いたような気がした。
今度は五百円玉を握りしめ、少しだけ真剣な表情で手を合わせる。

「テンバガーが欲しいです。お願いします」

テンバガー──株価が10倍になる銘柄。
夢のような言葉だ。だけど、僕には確信があった。
「願えば動く」──そんな世界に、今いる。

もちろん、投資の素人だという自覚はあった。
それでも、いくつかの銘柄を調べ、業績やテーマを読み、わずかな資金で数社に分散投資した。
どこかで、「願っただけじゃダメだ」と思う自分もいた。
自分で考えた。自分で判断した。だから、結果が出ても偶然じゃない──と、思いたかった。

それでも、その年の秋、小型株のひとつが異常な上がり方をした。
掲示板でもほとんど話題になっていなかったその銘柄が、突如として急騰したのだ。

──買った翌週から、株価は止まらずに上がり続けた。

「……まさか」

心のどこかで、その言葉が浮かびそうになるのを、ぐっと飲み込んだ。
冷静にチャートを見つめ、ニュースの影響を分析しようとする自分。
一方で、あの神社の石段を、なぜか思い出してしまう自分。

利益は、年収を超えた。

「本当に、祈ったから?」

半信半疑。けれど、手は震えていた。
合理的な説明ができないことを、心の奥が知っていた。

再び神社を訪れたのは、年末の夕暮れだった。
寒さの中、石畳を歩きながら、僕はふと立ち止まった。
鳥居の朱色が、夕日に照らされて深く沈んで見えた。

この場所には、何かある。

この神社だけが持つ、何か「仕様」のようなものが──

五百円玉を賽銭箱に落とす音が、木霊する。
僕は静かに手を合わせた。

「本当に、ありがとう」

その瞬間、自分がどこにいるのか、わからなくなった。
現実の中の夢か、夢の中の現実か。
でも──確かに、何かが動いていた。

僕の人生が、静かに、しかし確実に軌道を変え始めていた。


第4章 ── 2023年:告白と確信

お金が入ると、景色が変わる。
服を選ぶときに値札を見なくなった。
気になる展示があれば、その日のうちにチケットを取った。
髪型や体型にも気を遣い、鏡の中の自分がほんの少しだけ好きになっていった。

そして、もうひとつ変わったものがある。
人の目だ。

ある日、職場の後輩──僕が密かに思い続けてきた彼が、不意にこう言った。

「はやとさん、最近ほんとカッコよくなりましたよね。……モテるでしょっ!」

一瞬、時が止まった。
冗談? いや、本気の目だった。
何かが胸の奥で弾けた。

そういえば──あの神社で、願った。

「彼と、付き合いたい」

願ったのは、それだけだった。

その日の帰り、神社に寄った。
夕暮れの鳥居の前に立ち、そっと手を合わせる。

「どうか……」

風が吹いた。
枝を揺らす音が、耳にやさしく触れる。
その音を、僕はどこかで覚えていた。

週末、彼から食事に誘われた。
ごく自然な流れで、互いの気持ちを確かめ合う時間になった。
気づけば、付き合うことになっていた。

……できすぎている。
まるで、何かの筋書きに沿って動いているようだった。

僕は思った。いや、もう確信していた。

この神社は、願いを叶える。

ただの偶然なんかじゃない。
それを信じずにはいられないほど、あまりに綺麗に、物事が動いていた。

そして、この確信が、僕の世界をさらに広げていくことになる。

第5章 ── 2024年:報復の副作用

願いが次々と叶っていく中で、僕の人生はまるで物語の中にいるようだった。
体型も変わり、髪も戻り、株で資産も手に入れた。
まさか──こんな人生が自分に訪れるとは。

けれど、ひとつだけ引っかかる“影”があった。
それは、友人Aの存在だった。

学生時代からの付き合いで、昔から僕を小馬鹿にする癖があった。
痩せたときも「どうせリバウンドするだろ」、
筋肉がついたら「加工だろ」、
髪が増えたときも「カツラだよな?」とニヤついた。

他人から見れば些細な冗談かもしれない。
でも、僕にとっては過去の自分を揶揄されているようで、どうしても心に刺さった。

──そしてある夜、ふとした気のゆるみで、神社の境内でこう願ってしまった。

「……アイツに、ちょっとだけ痛い目を見てほしい」

自分でも驚くほど自然に口から出た言葉だった。
それは、深い恨みでも憎しみでもなく、ただ小さな“仕返し”だった。

あの日は風も吹かなかったし、鈴も鳴らなかった。
でも、数週間後──共通の知人からこう聞かされた。

「Aさん、詐欺に遭ったらしいよ。かなりの額をやられたって」

息をのんだ。

「……まさか……」と思いかけて、すぐに打ち消した。
だが、心のどこかではうっすら確信してしまっていた。

願いが、また叶った──と。

胸の奥がざわざわと揺れた。
嬉しいという感情ではなかった。むしろ、不安に近い。

悪意をもって願ったことも、叶ってしまうのか?
その事実は、神社の“力”の精度をさらに強く証明してしまった。

この日から、僕の中で小さな歯車がきしみ始めた。

願いが叶う喜びは確かにあった。
でも、そこに少しずつ「制御不能な力」への畏れが混じり始めていた。

それでも──。

神社に通うことはやめなかった。
怖さよりも、次に願うことの期待のほうが、少しだけ勝っていた。

それはまるで、自分の人生を裏から設計し直しているような感覚だった。
どこまでが自分の意志で、どこからが「設計された現実」なのか──
それすらも、だんだん曖昧になっていった。

第6章 ── 2025年:復讐という『因果』

願いは、たしかに叶った。
けれど、心の中には、冷たいものが残っていた。

あの夜、僕は神社でひとことだけ願った。
「Bが、後悔しますように」と。
──それだけだった。

それからしばらくして、Bから連絡があった。
学生時代、僕の恋心を茶化し、笑いものにした相手。
「ゲイだって、みんなに言ってやろうか?」と脅すように囁いた彼からの突然のメッセージ。

「……ごめん。あのときのこと、本当に悪かったと思ってる」

謝罪の言葉だった。
でも、その声は反省というより、怯えの混じったものだった。

何があったのかは、あえて聞かなかった。
どんな出来事が彼に謝罪を促したのか。
──でも僕は、もう知っていた。

あの神社で願ったことが、またひとつ、現実になったのだ。

それでも、僕はスッキリしなかった。
むしろ、妙な虚しさが広がっていた。

「これが、僕の願いの結果なのか……?」

ふと、そんな言葉が浮かぶ。

復讐とは、痛みの交換だ。
誰かを傷つけた代わりに、自分の中の苦しみが少し軽くなる──
そんな幻想を信じていたのかもしれない。

でも現実は、そうではなかった。

“叶う”ということは、“起きる”ということだ。
しかも、それが自分の意志に由来しているとすれば──
それは、責任を伴う現実改変だ。

いつしか僕は、自分の人生が「操作可能」なもののように感じ始めていた。

たとえば、朝の通勤電車で優先的に座席が空く。
たとえば、行列の先で最後のひとつの商品が残っている。
たとえば、思っていた人から、思っていたタイミングで連絡が来る。

些細な偶然が、あまりにも“思い通り”すぎた。

願った記憶すら曖昧な時でさえ、結果が先に応じてくる。
それは、まるで──シナリオに沿った演出のようだった。

この“現実”は、いったい誰の手の中にあるのだろう?

もしかして、これはただの人生ではなく、何者かが設計した“体験プログラム”なのではないか。
そして僕は、意図せずその設定値を書き換えてしまっているのではないか。

いや、もっと正確に言えば──
僕自身がこの世界の仕様を上書きしているのではないか?

気づけば、僕の心の奥には静かにこうした問いが根づいていた。

願えば叶う。
叶えば、誰かが動く。
動けば、現実が変わる。
そして、変わった先には、また別の因果が生まれる。

僕の望みのひとつひとつが、まるでコードの一行のように、世界を少しずつ改変している。

──ならば、僕は一体、どこまでを願っていいのだろう?

そして、この世界は、いったい──どこまで“書き換え”に耐えられるのだろう?


第7章 ── 2026年:社会という「拡張」

「同性婚、そろそろ認められてもいいんじゃない?」

彼がそう言ったのは、年始にふたりで訪れた伊勢神宮でのことだった。

大きな鳥居をくぐりながら、僕たちは手をつないでいた。周囲の目が気にならなかったわけじゃない。でも、それよりも「こうして一緒に来られること」が、ただ嬉しかった。

駅でも、旅館でも、僕たちは“ただの男同士”として扱われていた。
けれど、彼の隣にいる僕は、誰よりも自然に笑えていた。

──それでも、心のどこかに、小さな棘のような引っかかりがあった。

法律で認められていないこと。
病院で「家族ではない」と言われるリスク。
財産のこと、老後のこと、そして──万が一別れたときのこと。

「神社に、願ってみようかな」

そう言った僕に、彼はちょっと笑った。
だけど僕は、本気だった。

その夜、横浜に戻ってから、僕はいつもの小さな神社へ向かった。

「同性婚が、認められますように」

そう願った。

僕の祈りは、もう自分の見た目やお金のことではなかった。

別の日には、こうも願った。

「日本経済が回復しますように」

「孤独な人が、希望を持てますように」

願いのスケールが、自分自身の外へと広がっていく。
まるで、かつての僕が持ち得なかった「世界に対する影響力」を、今になって手にしたような──そんな錯覚。

そして、それが錯覚ではないような出来事が、次々と現実になっていった。

ニュースのヘッドラインに躍る「同性婚、議論再燃」の文字。
国会での討論。
保守派からも「慎重な検討を」の声が聞こえ始めた。

円安が落ち着き、海外企業が再び日本に拠点を構え始める。
若者の就職率が上がり、自殺率が過去最低を記録したという報道。

たまたまなのか?
それとも、あの祈りが“反映”されたのか?

──わからない。でも、ただの偶然とは思えなかった。

神社は変わらず静かだった。
でも、空気が以前より澄んでいる気がした。
まるで、祈りを吸い込んだ木々が、少しずつその答えを吐き出しているような。

気づけば、僕は「叶える力」の使い方を、慎重に選ぶようになっていた。

誰かを傷つけるような願いは、もう二度としない。
誰かの幸福を、社会の幸福を願うことで、自分の存在を許せる気がした。

この“力”があるなら──
僕たちの未来も、社会の希望も、変えられるはずだ。

そう信じていた。


第8章──2030年:「叶った世界」と、残された者

2030年。
僕は60歳になっていた。

毛も、金も、健康も、彼も──
何も持っていなかった。
同性婚は実現していないし、日本経済は漂流していた。
かつて夢見た「自由で豊かな老後」とは真逆の、乾いた現実。
空の冷蔵庫と、誰も鳴らさないスマホだけが、日々の背景になっていた。

だけど、もう一人の“僕”は違った。

モニターの中。
箱庭で生きる2020年からの「僕」は、
願いのすべてを叶えていた。

──そう、それは現実の僕が設計した「もしも」の仮想世界。
その中の「僕」が神社で祈った願いが、すべて叶うように組み込んでおいた、ひとつの箱庭シナリオ。

その箱庭の中の「僕」は、理想の彼と暮らし、
自宅は快適で洗練された空間に整えられ、
社会的にも尊敬され、健康は若返ったように保たれ、たくさんの友人に囲まれていた。
言葉ひとつで人を動かし、未来を変えていた。
誰もが豊かな生活を送っていた。

「うらやましいねぇ……」
僕は冷めた目で呟いた。
画面の中の「僕」は笑っていた。
その笑顔は、僕のものではなかった。

僕は観察者であり、設計者だった。
自分の過去を素材に作った仮想シナリオ。
数百行の条件分岐とリクエストで構成された、
「叶うこと」が保証された世界。

指先の操作で、箱庭の時を進める。
2030年。ちょうど今日と同じ日。
理想の人生を生き続けてきた「僕」は、
まだ完璧な笑顔のままなのか──
その確認のつもりだった。

けれど、そこには異変があった。

箱庭の中の「僕」は、いつものように朝のコーヒーを淹れていた。
ガラス張りの窓から海が見える。犬が足元で眠っている。

完璧な日常。

……のはずだった。

だが、その「僕」は、どこか違っていた。

ふと顔を上げて、空を見た。
その表情に、ざらりとした違和感が走る。
笑っていない。むしろ──戸惑っている。

彼はパソコンを開き、なにかを調べている。
量子処理、自己認識アルゴリズム、仮想環境の設計履歴……
そして、つぶやいた。

「ここ、なんか変だな……
 もしかして、全部、作られている……?」

現実の僕の指が止まった。

画面の中の「僕」が、箱庭の「不自然さ」に気づき始めていた。

「……誰が、僕を走らせてる?」

その瞬間だった。

現実世界の僕の胸に、突き刺さるような寒気が走った。

あの「僕」は、仮想の存在。
それを作ったのは、今ここにいる“僕”……のはずだった。
でも、その“彼”が疑問を持った今、僕にも同じ問いが芽生える。

「じゃあ、この“現実”は……?」

モニターの電源を切る手が、少し震えていた。

僕は観察者だと思っていた。
自分が走らせていると思っていた。
でも、もしそれすら幻想だったとしたら?

僕が走らせていた仮想の「僕」が気づいたのと、
同じ時に、僕もまた“気づかされた”のかもしれない。

これもまた、誰かのシミュレーションではないか?

画面の光が消え、部屋が暗くなった。
でも、頭の中にはまだ、あの「僕」の声が残っていた。

「ここは、仮想かもしれない」

……いや、そうだとしても、
次に何を願うかは、まだ僕が決めていいのかもしれない。

仮想でも、本物でも。
願うことは、“僕”が“僕”である証なのだから。


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🥒 「それ、ホント?」──信じてた生活の知恵、調べてみたら意外な真実が!

🥒 パートナーのきゅうり、その行動の真相は?

うちのパートナーは、きゅうりを切ったあと、両端の断面を擦り合わせている。

「アクが抜けるんだよ」と、本人はいたって真面目だけど、僕は内心「いやいや、それ信じてるの?」と笑いそうになっていた。

ところが、調べてみると――まんざら嘘でもない。

擦ると白い泡が出てくるのは事実で、これがウリ科の植物に含まれる苦味成分「ククルビタシン」かもしれないとのこと。科学的にバッチリ証明されているわけではないけれど、「アクが抜けて味がまろやかになる気がする」っていう体験談は案外多い。まさかのプラシーボ効果?

そんなきゅうりの一件をきっかけに、「他にもあるんじゃない?」と思って調べてみたら、出てくる出てくる、“信じてたけど根拠は微妙”な生活の知恵たち。
あなたもきっと、一つや二つは心当たりがあるはず。

🥬 レタスの芯に爪楊枝、本当に長持ちする?

昔からよく言われる「レタスの芯に爪楊枝を3本刺すと長持ちするよ」という話。

理由としてよく挙げられるのが、「芯にある成長点を壊すことで、レタス自身の老化を止める」とか「エチレンガスの発生を抑える」といったもの。でも、農研機構などの研究機関がその効果を実証したデータは見つからないんですよね。

実際に「やってみたら長持ちした」という人は多いけれど、それが本当に爪楊枝の効果なのか、それとも冷蔵庫の温度や湿度といった保存条件によるものなのかは、なんとも言えません。

それでも、「やってるからなんか安心」っていう気持ち、分かりますよね。

🍌 バナナは一本ずつ外すと熟成が遅くなるってホント?

バナナは房から1本ずつ切り離して保存すると、熟すスピードが遅くなる――こんな話もよく耳にします。

これはバナナの根元から出るエチレンガスが原因とされていて、切り離すことでそれを減らせる、という理屈。でも実際のところ、熟成のスピードには温度や湿度の影響も大きく、1本ずつにしただけでは効果は限定的らしいんです。

それでも「なんとなくやってる」って人、多いんじゃないでしょうか。
僕もその一人でした。

🍓 いちごはヘタを取らずに洗うのが正解だった!

これは意外と理にかなっています。

いちごを洗うとき、ヘタを取ってから水に入れると、切り口から水が入り込んで味がぼやけることがあるんです。だから、ヘタは洗ったあとに取るのが正解。いちご本来の甘酸っぱさをしっかり楽しむための、ちょっとしたコツですね。

とはいえ、「ずっと逆だった!」という人も少なくないはず。
実は僕もそのひとり。見た目の可愛さを優先して、つい先に取っちゃうんだよね。

🍞 パンは冷蔵庫NG!驚きの保存術とは?

これは僕にとって最大の「目から鱗」でした。

パンを冷蔵庫に入れればカビも防げて安心…と思っていたのですが、実は常温よりも早くパサつくってご存じでしたか?

その理由は、「パンの主成分であるでんぷんが、0℃~5℃の冷蔵温度帯で最も劣化(老化)しやすい」から。
パンの劣化は乾燥だけでなく、でんぷんの構造が変化して水分が抜け、パサパサになることで起こるんです。

カビを防ぎつつ美味しさを保ちたいなら、劣化が進む温度帯を素早く通過できる冷凍保存がベスト。解凍しても焼きたての美味しさがかなり保たれます。

これを知ってから、我が家のパンの保存習慣はガラッと変わりました。

🤔 信じるかどうかは、あなた次第

「それって意味あるの?」と笑っていた僕が、実は一番“なんとなく信じていた側”だったのかもしれません。

生活の中には、科学で説明しきれないことがたくさんあります。けれど、説明がなくても長年続けられてきたものには、どこかに“心地よさ”や“安心”があるのも確かです。

大切なのは、根拠のあるなしを知ったうえで、どう付き合うかということ。
うちのパートナーが、これからも楽しそうにきゅうりの断面を擦り合わせているなら、それはそれで素敵なこと。
そして時には、「迷信かもしれないけど、やってみる」のも、豊かな暮らしの一部なのかもしれません。

今回の記事で、あなたの「生活の知恵」への見方が少しでも変わったら嬉しいです。
他にも「これってどうなの?」という知恵があれば、ぜひ教えてくださいね。


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💬 FIREは「運」だけじゃない──僕が語る、逃げ切り生活のリアル

🧭 あの日、僕は「雲の上の人」になっていた?

先日、ゲイ向けのお金の相談会に参加しようと思ったんですが、すでに定員いっぱい。
それでも、オフ会なら参加自由と聞いて、少し勇気を出して足を運びました。

集まっていたのは、これから資産形成を考えたいという人たち。
お金の使い方を見直したい、投資ってどう始めるの?──そんな声が飛び交っていて、僕はちょっと戸惑っていました。

というのも、僕はすでにFIREを実現していて、不労所得で生活しています。
そのことを話すと、場の空気が少し変わった気がしました。

僕自身が何かを誇ったわけじゃないけど、
「その話、ちょっと遠いなぁ…」と誰かが思ったような、そんな感覚。

帰り道、ひとりで歩きながらふと考えました。
「本当に、僕は“雲の上”の人なんだろうか?」って。

🧩 僕のFIREは、確かに“偶然”から始まった

たしかに、2020年に勤めていた会社が上場して、自社株とストックオプションが思わぬ評価額になった。
「これはもしかして、逃げ切れるかもしれない」って、心の奥に火が灯ったのを覚えています。

でもそこからが、本当のスタートでした。

資産が一時的に増えたとしても、それをどう使うか、どう守るかはまた別の話。
僕はそのとき、正直言って「怖かった」んです。
うっかり使い方を間違えたら、またゼロに戻ってしまうかもしれないって。

そこから僕は、自分の生活を見直し始めました。
支出、保険、投資、娯楽。どれも一つひとつ棚卸しして、選び直していったんです。

🧮 支出を“整える”ということ

最初に向き合ったのは、会社員時代の支出。
パチスロに月数万円浪費していた頃もありました。保険も「なんとなく」で入りっぱなしだった。

でも2021年には、支出が年間360万円まで減少。2019年の510万円から年間150万円削減(月12万円ほど)です。
保険を解約したことで、約100万円の返戻金を得て、月々の保険料もゼロになりました。

これはただ節約しただけじゃなく、価値観が変わった結果。

「不安だから保険に入る」じゃなくて、
「自分の資産でちゃんと備えてるから、安心して解約できる」と思えた。

お金の使い方って、いつも気持ちとつながってる。
それに気づけたとき、ようやく“自分のお金”になった気がしました。

📈 投資のリスクを“守る設計”に切り替える

投資についても、FIRE前後で大きくスタイルが変わりました。

FIRE前は、クラウドファンディングなど、少しリスクの高い商品にも分散していました。
でも、「取り崩す側」になって気づいたんです。
“増えるかどうか”より、“減らないこと”のほうが大事だって。

僕は手元の換金性資産を、
インデックス投資(年利2〜3%程度)と日本株の高配当銘柄、債券、不動産収入に振り分け、
全体で年利3〜4%の安定運用を目指しました。

判断基準は、「暴落しても、売らなくて済むように」。
生活費は家賃収入と配当でまかない、評価額が下がっても精神的にブレない構造を作ったんです。

これは、2022年以降の物価上昇や為替の不安定さを見て、より強く意識するようになりました。
資産は“守りながら育てる”フェーズに入ったんだと思います。

💬 僕が伝えたい、3つの視点

① 支出の見直しは、未来を変える第一歩

たとえば、僕は月に10万円以上の支出を削減しました。
これは、年収を120万円増やしたのと同じインパクトがあります。

いきなり投資を始めるよりも、まず「どこにお金が消えているか」を知ること。
それだけで未来は変わります。

▼まずやってみるチェックポイント
・先月のカード明細を3つの色に塗り分けてみる(生活費/趣味/ムダ)
・保険の内容を見返してみる
・使っていない月額サービスを解約してみる

② FIREは、「生き方を選ぶ自由」

FIREとは Financial Independence, Retire Early の略。
直訳すると「経済的自立と早期退職」だけど、僕にとっては「自由の選択肢が増えたこと」でした。

僕は「資産を使い切って逃げ切る」スタイルを選びました。
配偶者も子どももいない前提で、100歳まで生きても困らない設計を作ったんです。

FIREには「働きながら資産を増やす」タイプや「週3だけ働くセミリタイア」もあります。
選び方は無限。でも、“選べる状態”こそがFIREなんだと思います。

③ ゲイとして生きる僕が感じていた不安

異性愛モデルが前提の社会の中で、「老後どうする?」という問いは、僕たちにとってずっと重たい。
家族に頼れない、相続できない、介護も誰に頼る? そういう現実。

だからこそ、お金があると選べるんです。
誰と住むか、どこで暮らすか、どんな関係性を築くか。

FIREは、「自由のための下ごしらえ」。
それが今の僕の実感です。

👥 僕だけじゃない。いろんな道がある

ちなみに、この前のオフ会では、「貯金が苦手」と笑っていた人が、
帰り際に「じゃあまずスマホ代を見直してみるわ」と話してくれました。

FIREじゃなくても、投資してなくても、
「今日ひとつ、変えてみよう」と思った瞬間が、その人の始まりになる。

そんなふうに誰かのスイッチになるなら、僕の体験にも意味があるんだろうなって思います。

🔚 最後に

僕は、資産の棚ぼたでFIREを実現しました。
でも、それを「運だった」で終わらせず、「暮らしの形」にできたのは、行動を重ねたから。

未来って、“想像よりも地味な選択”で変わっていくものなのかもしれません。

もし、今から何かひとつだけやるとしたら――
今日、自分の支出を振り返ってみるのは、案外悪くない一歩です。


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🗣 なぜ僕は「僕」と言えなかったのか?

🗣 なぜ僕は「僕」と言えなかったのか?

🌀 自分との葛藤──言いたいのに言えなかった場面たち

誰かと話しているとき、ふと気づくことがある。
「あれ? 今の、僕はちゃんと伝えたかったことを言えたのかな?」
そう思う瞬間が、案外多い。

たとえば、会議で意見を求められても、
つい周りの意見に流されてしまったり、
本当は少し違和感があっても、「うん、そうかもね」と頷いてしまったり。
その場では「波風を立てずに済んだ」とホッとするけれど、
あとで一人になってから、「ああ言えばよかったな」と、静かに後悔する。

周りに合わせすぎてしまうのか、
空気を壊したくないのか、
そもそも自分の考えがよく分かっていないのか。

理由ははっきりしないけれど、
気がつくと、僕はまた「自己主張できなかったな」と、もどかしさを抱えていた。

🔍 翻訳との遭遇──違和感は、LINEが教えてくれた

先日、日本語がまったく話せない人と知り合って、
LINEの自動翻訳機能を使ってチャットをした。

いつも通りに日本語で入力したら、
僕が「自分のこと」を話しているつもりだった文章が、
英語では “you” や “your” に訳されていた。

それはまるで、僕の言葉が僕の手元から離れ、
相手に責任が押し付けられているような──そんな奇妙な感覚だった。
「え、僕は自分の話をしているんだけど…」と、内心ざわついた。

それで、翻訳される前の日本語の段階で、
主語や所有格(私、僕の)を意識して入れるようにした。
すると、相手の返事もスムーズになったし、
なにより、「これは僕の言葉だ」という実感が、ほんの少しだけ芽生えた。

🌱 言葉の力──主語を入れることで見えた自分

もしかして、これって普段の日本語の会話でも意識してみたら、
何か変化があるんじゃないか。
そんな予感がした。

それから、会話の中で、できるだけ主語を入れるようにしている。
「やった」ではなく「僕がやった」。
「いいと思う」ではなく「僕はそれがいいと思う」。

たったそれだけの違いなのに、
自分の気持ちに責任を持てたような感覚があった。
まるで、自分の発言にちゃんと「自分の名前のハンコを押した」みたいな、
そんな確かな手応えがあった。

誰かを説得したいとか、自分を大きく見せたいわけじゃない。
ただ、「僕はこう思っているよ」と言えるようになりたいだけなんだ。

🌸 ゆるやかな変化──自分の言葉で生きていくために

主語を入れる。
それだけのことで、自分の言葉が、自分のものになっていく気がする。

「僕は、まだうまく言えないけれど」
「僕は、これから少しずつ変わりたいと思ってる」

そんな風に、自分の気持ちを“名乗る”ことから始められたら、
きっと未来の僕は、もう少しだけ強く、優しくなれるんじゃないか──
今は、そんな風に思っている。

そして、もしこの文章を読んでくれたあなたが、
ふと立ち止まって、こう問いかけてくれたら嬉しい。

「今日は、自分のことを、自分の言葉で表現できただろうか?」

この小さな一歩が、きっとあなたの、そして僕の言葉を、
もっと豊かにしてくれるはずです。


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✨ 占いが「当たった」んじゃない。僕が未来を「始めていた」んだ

🔮 生年月日だけの占いに、思わずうなった

一昨日、ある会合で知り合った方が「趣味で占いをしている」と言うので、興味本位でお願いしてみた。
氏名と生年月日だけで出す、ごくシンプルな鑑定。スピリチュアルな対話やカウンセリングのようなものではない。

だからこそ、気軽だった。
「まあ話のネタにでもなれば」と、軽い気持ちで受けてみたのだ。

ところが、結果を読んでいて思わず手が止まった。
2025年の運気について、こんなふうに書かれていたのだ。

「今年は人脈づくり、海外旅行、そして行動を始めることが開運につながる」

…もう、全部やっている。

SNSでの発信は、今年はじめから少しずつ始めていた。
人とのつながりを意識して、オンラインでも対面でも、やりとりが増えている。
さらに10月には、台湾旅行を計画しているところだった。

「これからこうするといい」ではなく、すでに自分が動いていた方向が、そのまま書かれていた。
まるで、あとから答え合わせをしたような感覚だった。

🧭 「ただの思いつき」だったはずが

あらためて、なぜ行動を始めたのかを振り返ってみる。

去年までの僕は、どこかで「もう頑張らなくていい」と思っていた。
FIREを達成し、自由な暮らしを手に入れたのだから、それ以上を求める理由がなかった。

でも、気づけば何かが足りなかった。
目的もなく過ぎていくカレンダーを眺めるような、たっぷりあるはずの時間が、なぜか満たされなかった。

そんなとき、友人の勧めで始めたSNSの発信。
投稿ボタンを押したあとの、あの小さな緊張感とわずかな高揚──
静かな水面に石を投げるような感覚だった。
その「波紋」が、少しずつ人とのやりとりを呼び込み、自分の中の静けさを変えていった。

「そろそろ、次の何かを始めたかったのかもしれない」
そんな自分の本音が、占いを通して浮かび上がってきた。

🌱 占いは“行動のあと”に効いてくる

「占いなんて信じないよ」という人もいる。
僕もその気持ちはわかる。

だけど今回の体験は、信じる/信じないの問題ではなかった。
すでに起こっていたことを、他人の言葉で言い当てられた
それは、まるで曇りのない鏡に、今の自分の姿がはっきり映し出されたような感覚だった。

占いに背中を押されたわけじゃない。
自分がすでに歩き出していた道を、占いがそっと照らしてくれたような感覚だった。

だから思う。
占いは「未来を教えるもの」ではなく、
「いま、自分がどこにいるかを映すもの」なんだと。

🌏 未来と行動がつながる感覚

人生には、ときどきこんなことが起きる。
何気なく始めたことが、あとから「意味のある選択」だったとわかるような瞬間。

それを「運がいい」と言ってしまえばそれまでだけど、
自分で選んだ行動が、気づけば未来につながっていた──そんなことも、きっとある。

あるいは、僕たちは無意識のうちに、まだ見ぬ未来に導かれているのかもしれない。

あなたが今、なんとなくやってみたいと思っていること。
それも、すでに始まりつつある“未来の流れ”なのかもしれない。

皆さんの「これって、未来の始まりだったかも?」という体験があれば、ぜひコメントで教えてください。


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✂️ 永ちゃんカットとあのちゃんと、“逆に言うと”

先日、久しぶりに髪を切りに出かけました。
向かったのは、かつてよく通っていた美容院。30年くらい前からの付き合いですが、引っ越しをしてからは足が遠のいていて、気づけば5年ぶりの訪問になっていました。

普段は近所のファストカットで、短髪にしてもらうだけの“整えるだけカット”。
でも今回、ちょっと髪型を変えてみたくなって、しばらく髪を伸ばしていたんです。
そしたら、短髪のときは目立たなかったけれど──僕の生え際、かなり毛量が少なくて、伸ばしてみたら地肌がうっすら見えてしまって。鏡を見て「うわ…これはちょっとキツいかも」と。

そこで思い出したのが、長年お世話になっていた、あの美容室。
僕の髪質もクセも、何も言わずとも理解してくれる彼なら、なんとかしてくれるかもしれない。そんな思いで、4年ぶりにその扉を開けたんです。

結果は──大正解。
頭頂部の髪を前方に流し、薄毛部分をさりげなくカバー。前髪は短く揃えることで、生え際の毛量の少なさをうまくごまかす。まさに職人技。

ちなみにこのスタイル、彼いわく「永ちゃん(矢沢永吉)カット」なんだそう。
なんだか妙に納得してしまいました。

お互いに歳をとりましたね、なんて笑いながらも、空白の時間を感じさせない距離感。懐かしい空気とともに、自然と会話が始まります。

🎤 地下アイドルのヘアメークをしていたらしい

「そういえばさ、コロナ前は地下アイドルのヘアメークもやってたんだよ」と彼。
メインの美容室の仕事の合間に、ライブ前のセットや撮影用のメイクなんかを請け負っていたそうです。

「売れる子もいれば、売れない子もいてね。5年経って、たとえば“あのちゃん”なんかも、当時やってた子のひとりだったんだよ」

えっ、あのちゃん? あの“あのちゃん”?
ちょっと驚きました。こういう話を聞くと、自分が知らないところでいろんな人が夢を追い、誰かがその舞台裏を支えてるんだなと実感します。

🔁 それ、逆じゃないよね?

さて、あのちゃんの話題の前からずっと気になっていたことがありました。
彼の口癖──「逆に言うと」。

最初は気にならなかったんです。
でも、地下アイドルの話が進むにつれ、エピソードの合間に何度も「逆に言うと」が差し込まれるようになってきて……だんだん耳につくようになってきた。

たとえば、こんなふうに──
「この子はすごい控えめで目立たなかったんだよね。逆に言うと、裏ではけっこう“すごい”んだよ……みたいな態度でさ」
この「すごい」っていうのは、良い意味じゃなくて、“スタッフにはちょっと上から目線”みたいなニュアンスなんです。

ん? それ……逆じゃないよね?
たとえば「この子は控えめだった。逆に、裏ではかなり横柄だった」なら、まぁ納得できます。
でも「逆に言うと」って言い回しになると、それは同じことを別の角度から説明するときの表現じゃなかったっけ?

うーん……。
言ってることが“逆”ではあるけど、“同じことの言い換え”にはなってないよな。
でも、「逆に言うと」って、単に反対の面を示すときにも使うし、それはそれで間違いとも言えない……。
なんだか、言い回しとして完全に不正解とは言えないからこそ、モヤモヤする。

気づいたら、彼の話の中身が頭に入ってこなくなっていました。
たとえば、あのちゃんがどれだけ頑張っていたか、どうやって人気をつかんでいったか──彼なりに熱心に語ってくれていたのに、
僕の意識はすっかり「また言ったな……」→「でもそれ逆っていうか、ただのギャップでは……」→「でも、話の腰を折るのもなぁ……」のループ状態。

内容はたぶん面白かったはずなのに、僕の集中は「言葉の使い方」ばかりに向いてしまっていた。
これ、ほんとにもったいなかったな。

🤔 でも、クセって、人間らしさかもしれない

ちょっと気になったこの口癖も、話を聞いているとどこか心地よく感じてしまうのが不思議です。
むしろ彼のリズムなんでしょうね。話し方にも、その人らしさが現れる。

「逆に言うと」という言葉が好きなのか、それとも“別の視点”を示す言葉として、彼なりに使い慣れているのか。たぶん、無意識なんだろうなと思います。

言葉のクセって、直そうと思えば直せるけど、なくなるとちょっと寂しい気もします。
だから僕は、今日も心の中で小さくツッコミを入れながら、彼の「逆に言うと」に耳を傾けていたのでした。

あなたにとって、そんな「その人らしさ」を感じる言葉のクセ、ありますか?


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