🌈 マツコだけじゃない! LGBTQ+の多様性

🧑‍🤝‍🧑 「ゲイ=オネエ」の誤解を、そろそろ終わりにしませんか?

ゲイとして生きる中で、テレビで見かける“ゲイ像”と現実とのギャップに、何度も戸惑ってきました。

マツコ・デラックスさん、ミッツ・マングローブさん、IKKOさんなど、女装をまとい「お姉さんキャラ」として活躍する方々が、バラエティ番組では圧倒的な存在感を放っています。

もちろん、彼らの存在がゲイというアイデンティティを世の中に可視化する突破口になったことは間違いありません。でも、そのイメージだけが「ゲイの代表像」として一人歩きしてしまう現実に、私はずっと違和感を抱えてきました。

👨 「男らしいゲイ」の存在は、なぜ見えにくい?

私自身、男性的な容姿で、男性的な振る舞いをしていて、恋愛対象は男性──いわゆる「ノンケっぽい」と言われるタイプのゲイです。

私の感覚では、こうしたタイプのゲイが全体の半分ほどを占めていて、残り半分は、男性的な容姿ながらもやや女性的な所作や話し方を持つ人たち。いずれにせよ、「女装」や「オネエ」とは無縁のスタイルです。

ところが、テレビやメディアで紹介されるのは、ほとんどが「わかりやすい記号」としてのゲイ像。結果、「ああいう人がゲイなんでしょ?」という単純化されたイメージばかりが広がり、私のようなゲイの存在は、社会の視野からこぼれ落ちてしまっているのです。

(※なお、正確な統計はありませんが、LGBTQ+に関する調査の中でも「マスキュリン(男性的)なゲイの存在は可視化されにくい」といった分析は散見されます。)

🕯️ 唯一無二だったマエケンさん

そう考えると、2年ほど前に亡くなった前田健(マエケン)さんは、とても貴重な存在でした。

テレビでは“オネエ”として笑いを取る場面もありましたが、書籍や対談では、自身の孤独や家族との距離、恋愛の苦悩などを、静かに、真摯に語っていました。

テレビのキャラとして求められる役割と、自分自身のリアル。その両方を背負いながらも、画面の奥に「本当の声」をにじませていた数少ない人だったと思います。

🎤 槇原敬之さんに思うこと

もうひとり、私の中で特別な存在なのが槇原敬之さんです。

一時期、彼自身が同性のパートナーの存在をにおわせるような発言をしたことがありました。しかし、ファンや社会の空気を慮ってか、それはすぐに“なかったこと”のように扱われ、長く語られることはありませんでした。

そして近年、報道によって再び同性パートナーの存在が伝えられましたが、あらためてセクシュアリティについて公に語ることはありませんでした。

けれど私は、それを単なる“沈黙”だとは思っていません。

もしかすると、彼はこうした懸念を抱いていたのかもしれません──
「ゲイが薬物に手を染める存在だと誤解されたくない」と。
あくまで私の想像ですが、もしそうだとすれば、それはゲイ全体に対する深い配慮ゆえの選択だったのではないでしょうか。

彼のような実力と影響力のあるアーティストが、いつか自然体で「これは自分なんです」と語ってくれたら。日本社会の“ゲイ観”は、きっと少しずつでも書き換わっていく。
そんな希望を、私は静かに持ち続けています。

🌎 世界を見れば、ティム・クックがいる

海外に目を向ければ、AppleのCEO、ティム・クックが思い浮かびます。

2014年に彼がカミングアウトした際、「自分の行動が誰か若い人の人生を少しでも楽にするなら、それが私の責任だ」と語ったのは象徴的でした。

彼は「ゲイらしさ」を特別アピールするわけでもなく、ただ誠実に仕事をして、世界中の尊敬を集めている。その姿こそ、「見た目や振る舞いでセクシュアリティを判断することはできない」という、もっとも静かで強い証明なのだと思います。

🌈 だから私はブログで発信したい

「ゲイにもいろいろいる」という当たり前のことが、まだ十分に共有されていない──
それが、私がこのブログを書く原動力です。

ゲイだからといって、みんなが女装を好むわけじゃない。華やかに振る舞うわけでもない。
静かに日常を生きながら、たまたま同性を愛している──そんな人も、ここにちゃんと存在している。

私のような「普通に見える」ゲイは、だからこそ誰にも気づかれず、ひとり孤独を抱えていることもある。
そんな存在を、見えないままにしてはいけない。

この社会に埋もれてしまいそうな声に、輪郭を与えたい。
見えないものに、名前を与えるために──。

📝 あなたの周りでは、“ゲイ”ってどんなイメージですか?

もしよければ、コメント欄で聞かせてください。


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🌅初日の出はどこが一番早い?

あれは、僕がまだ幼稚園児だった頃の大晦日の出来事だ。

親せきが実家に集まり、大人たちが酒を飲んで談笑している中、僕は一人コタツに入ってテレビを眺めながら、なんとなくのんびり過ごしていた。
僕は、そのとき流れていた天気予報に目を奪われた。

「日本で最も早く初日の出が見られるのは、千葉県の犬吠埼です」

おお、これはいい情報を手に入れたぞ──
小さな頭に「人より先に知ったこと」が嬉しくて、僕はまっすぐ大人達のところへ駆け寄った。

「ねえ、初日の出がいちばん早いのは千葉の犬吠埼なんだって!」

すると、叔父は笑いながら首を振った。

「何を言ってるんだ。日本で一番東にあるのは北海道なんだから、北海道が一番早いに決まってるじゃないか」

叔父さんの顔には、鼻で笑うような、どこか馬鹿にしたような半笑いが浮かんでいた。
周囲の大人たちも「はいはい」といった感じで流してしまい、僕の言葉はそこで止まってしまった。

あの空気を、今でも忘れられない。

たしかに、地図を見れば北海道の方が東にある。
でも、僕は「ちがうんだけどな…」という確信があった。
それでも言い返せなかった。

地球の地軸が傾いていて、日の出の時刻は単純な東西では決まらない——
そんな理屈を、当時の僕には到底うまく説明できなかった。

ただ、胸のなかでモヤモヤしながら、黙って引き下がるしかなかった。

🎈伝える言葉がないと、正しさは意味を持たない

今思えば、あのときの僕は、人生で初めて「伝えられなさ」による無力感を味わったのかもしれない。

「知っている」だけでは、人は動かない。
「正しい」だけでは、相手は納得してくれない。

伝え方。言葉の選び方。相手との関係性。
真顔で話す子どもに、真剣に耳を傾けてくれる大人がどれだけいるか。

あのとき僕は、それを知らなかった。
いや、知らなかったんじゃない。ただ、手にしていなかった。

だからこそ、くやしかった。

📚小さな「初挫折」と、僕の現在地

それから何十年も経ったけれど──
残念ながら、僕は特に劇的に成長したわけでもなく、今でも会話は得意じゃない。

自分の考えを、その場でうまく言葉にするのが苦手だし、ましてやユーモアで人を笑わせるなんて、とてもできない。
言いたいことがあるのに、言葉に詰まり、会話の流れに乗れずに取り残されることもある。

でも、最近ようやく、そんな自分に合った「伝え方」を見つけた気がしている。

それが、ブログです。

✍️「言葉にできない思い」を、文字にして届けたい

このブログを始めてから、僕はようやく自分の考えを整理しながら、落ち着いて言葉にできるようになった。
誰にも遮られず、タイミングを気にせず、自分のペースで伝えたいことを書ける。

それが、思いのほか心地よくて、今ではとても楽しいと感じている。

まだ始めたばかりで、読者も少ないし、リアクションもまばらだけど──
インターネットという広い世界に、自分の気持ちをそっと置いていけるのが嬉しい。

いつかこの文章が、誰かの目に触れて、
「ああ、この人の気持ち、ちょっとわかるかも」
そう思ってもらえる日が来たら、きっとそれだけで報われる気がする。

たくさん話せなくても、上手に笑わせられなくても。
僕のことを少しずつでも知ってくれて、価値観に耳を傾けてくれる人が増えてくれたらいいなと思う。

☀️それでも、朝日はのぼる

ちなみに、「日本で一番早く初日の出が見られる場所」は、実際にはいくつか条件がある。

  • 🌴 南鳥島:最東端だけど一般人は立ち入り不可
  • 🗾 北海道・納沙布岬:本土の東端だが、地形の関係で冬至前後は遅くなる年もある
  • 🌊 千葉・犬吠埼:平地で観測可能な中では、冬の初日の出が最も早いことが多い

あのとき、テレビが伝えていたのは、ちゃんとした気象観測に基づいた情報だった。
そんな話も、大人になった今なら、落ち着いて、誰かに説明できる。

でも、だからこそ忘れたくない。
あのときの僕の、届かなかった言葉と、飲み込んだ気持ち。

「正しいことを知っていても、伝えられなければ意味がない」
──その切なさを、今も僕は覚えている。


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🧭 見落とされた苦しみ──ゲイと就職氷河期世代が感じた孤独

🌫️ 救われなかったふたつの輪

私はゲイであり、就職氷河期の入り口で社会に出た世代でもある。
どちらか一方だけでも、社会との“ズレ”を感じるには十分だ。
それが重なった時、私の人生には「理解されない苦しさ」と「救われないまま流される無力感」が、静かに根を張ったような気がする。

社会の中で、自分という存在が“想定外”として扱われること。
それは、目に見える差別よりもずっと深く、人を沈黙に追いやる力を持っていた。

🏢 就職氷河期──「努力」ではどうにもならない壁があった

バブル崩壊後の数年間、企業は新卒採用を絞り込んだ。
1996年から2000年頃、私のまわりでも「就職先が見つからない」と嘆く声があふれていた。
多くの若者が派遣やアルバイトに流れ、キャリアのレールから外れていった。

「努力が足りない」と切り捨てるのは簡単だ。
でも、そう言い切れるほど、当時の社会は“やり直し”に寛容ではなかった。
むしろ、「一度外れた者は戻ってくるな」と言わんばかりの閉鎖的な構造がそこにはあった。

🧍‍♂️ ゲイとして生きる──制度の外側にいるという感覚

同性婚もなければ、配偶者控除も、遺族年金もない。
長年連れ添っても、法律の上では「ただの他人」。
ふたりの関係性は、制度によって見えないものにされてしまう。

異性愛を前提とした仕組みの中で、「見えない存在」として暮らすこと。
それは日々の暮らしのあらゆる場面で、静かに心を削っていく。
そして、「どうせわかってもらえない」と、声を失っていく。

🧱 救済の網にかからなかった共通点

就職氷河期も、ゲイも、切り口は違う。
でもどちらにも共通しているのは、「社会の想定から外れていた」という点だ。

  • 就職氷河期は「失敗した若者」とされ、自己責任論で片付けられた。
  • ゲイは「想定されていない家族形態」として、支援の対象外とされてきた。

どちらも、制度の中に“初めから居場所がなかった”。
だからこそ、どれだけ困っていても、救済の網にかからなかったのだ。

🏛️ 社会が見なかったふりをしてきたこと

氷河期世代に対しても、性的少数者に対しても、
行政や企業は長らく“見ないふり”をしてきた。

それは、対応しきれなかったからではなく、
「対応しないことで何も変えなくてよくなる」からだ。

個人の問題に見せかけて、社会全体の課題を先送りする──
そうした構造が、私たちを「黙らせる力」として機能してきた。

🌱 救済とは、帳尻を合わせること

私は、優遇してほしいわけではない。
ただ、「はじめから制度に入れてもらえなかった」人が、ようやく隣に並べるようにすること──それが救済だと思う。

氷河期の若者も、ゲイのカップルも、
本当は“普通に生きたい”だけだった。

💬 この文章を読んでくれたあなたへ

ここまで読んでくれたあなたが、何かを変える立場にあるとは限らない。
でも、もし日常のなかで、ふと誰かの“取りこぼされた痛み”に気づくことができたなら──
それだけでも、この社会は少しずつ変わっていけると、私は思う。

たとえば、周囲にいる“声を出しにくい誰か”に、耳を傾けてみること。
「そんなことあるんだね」と、ただ受け止めてみること。

そんな小さな一歩が、黙ってきた誰かの心を、そっと軽くしてくれるかもしれない。


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🛤️ 間違えた道が、僕をFIREに導いた

🏢「二流」が混じる職場だった──新卒で入った松下電器の子会社

僕が新卒で入社したのは、松下電器産業の子会社。
R&D部門の“流動的な人材派遣”をミッションとする会社で、福利厚生や給与体系、組合まで本体と同じでした。
現場では、松下電器本体の社員と一緒に働くことも多く、彼らの入社難易度を思うと、「僕らみたいな二流が、同じ高待遇でいいのかな…」なんて、どこか後ろめたさを抱えていました。

配属は関東の支社。全体の1割程度の小所帯で、どこか肩身の狭さを感じていた気がします。

今思えば──
単科大学というマイノリティ、関東支社というマイノリティ、そしてセクシャリティでもマイノリティ。
僕は、常に「少数派」として生きてきたんだなと、今になって気づきます。

🎖️出世とマイホーム、そして“順風”だった20代

学部卒ながら、院卒の同期と同じ年に技師に昇格。出世は早い方でした。
一方で、生活はそれなりにカツカツ。クレジットローンを組み、先輩からお金を借りることもありました。

でも30歳のとき、思い切って新築マンションを購入(2000年)。
横浜駅徒歩圏の物件が3,000万円以下で買えた、まだ希望に満ちた時代です。

📉親会社の業績悪化──そして転機が訪れる

2000年代に入ると、松下電器産業の業績が悪化。
東京のR&D部門は縮小され、僕が所属していた東京支社は閉鎖に。
当然のように「大阪本社への転勤」を命じられました。

でも、すでにマンションも買い、パートナーと同居していた僕は、転勤を拒否して転職を決意します。

🎰興味だけで選んだ「パチスロ業界」、しかし…

転職先は、パチスロ『吉宗』で有名な大都技研の関連会社
パチンコホールの出玉・景品・顧客管理システムを開発する部署で、パチスロ好きだった僕には魅力的な業界に思えました。

が、現実は想像以上のブラック企業
「家に帰れるのは3日に一度」なんて当たり前で、「これはまずい」と感じて、次の転職を模索。

🧳「腰かけ」のつもりが、10年以上続いた会社

次に入社したのは、徒歩5分の小さなソフトウェア会社。
経歴を買われ、松下時代と同水準の給与を提示されました。
「とりあえず」入ったつもりが、気づけば10年以上。

何度も転職活動をしましたが、最終選考で落とされ続け、次第に年収も上がらず、40代後半にはこんな思いがよぎりました。
「ああ、僕は負け組だな……」

💹でもその会社が、まさかの東証上場へ

まさかのどんでん返しが起きたのは、その“腰かけ”の会社が東証に上場したとき。

社内持株制度やストックオプションで手にした株が、20倍以上に化けました。
これが、僕がFIREを実現できた理由です。

FIREが「勝ち」だとは思いません。
でも、負け組だと思っていた僕がFIREできたというのは、本当に“運”だったと思っています。

📺そして今、パナソニックが大規模リストラ──あのままいたら?

そんな矢先に飛び込んできた、パナソニックの大規模リストラのニュース。
辞めずにいたら、きっと今ごろ整理の対象だったでしょう。

独身の僕ならまだしも、家庭を持つ同期たちにとって、このタイミングでの転職は本当に厳しいはずです。

特に、僕のいた子会社は社員に主体性がない人が多く、上からの命令に従うばかりだったから、なおさら心配になります(今は違うと願いますが)。

去年は20年ぶりに同期と会って、みんな元気そうだったけど──
今年は……声をかけて会う勇気がない。

🌱いま思うこと──「間違えた道」が、実は“最短ルート”だったのかもしれない

20代でマンションを買い、30代でキャリアを手放し、40代で自信を失いかけた──
そんな僕がFIREにたどり着いたのは、誰かが描いた“正解ルート”ではなく、
無駄に見えた選択と、行き当たりばったりの積み重ねでした。

でも、それでもいいのかもしれない。
むしろ、「寄り道こそが、僕の道だった」と、いまは思えるんです。

そしていま、
行き当たりばったりの僕が、不動産賃貸で“事業的規模”になるなんて、FIREしたときには想像もしていませんでした。
最近は、ブログの更新に1日の大半を費やす日もあります。

この先どう転んでいくのか──
その答え合わせは、きっと60歳になったときにわかるのでしょう。


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🗣️ 輪の中で話せない僕へ──「聞き役」の自分を抱きしめながら

🎯 いつの間にか、中心にいる人がいる

飲み会や雑談の場で、気がつくといつも話の中心になっている人がいる。
話題を振ったり、笑いをとったり、誰かの話を広げたり──そういう人の周りに、自然と輪ができていく。

僕も、話したいことはある。
この話題については自分なりに考えたこともあるし、ちょっと意見もある。
でも、気づくと「うんうん」「へぇ〜」と相槌を打ちながら、聞き役に徹してしまう自分がいる。

👥 仲の良い友達なら話せるのに

全く話せないわけじゃない。
本当に気のおけない友達との1対1なら、自然に自分の思いを言葉にできる。
でも、それが4人、5人と増えると急に口が重くなる。

現役時代の会議でもそうだった。
頭の中では意見があっても、自信を持って発言できなかった。
結果として、寡黙だけど実行力のある人──そんな風に言ってもらえたこともあったけれど、
実際には「影の薄い人」として処理されていたのかもしれない。

❓ アサーティブコミュニケーション?僕に関係あるのかな

「アサーティブコミュニケーション」という言葉を聞いたことがある。
攻撃的でもなく、受け身でもなく、相手も自分も尊重する自己表現。
でもそれって、自信がある人がやるものでしょ?と思っていた。

でも実は逆かもしれない。
「自分の思いを伝えてもいい」と、自分に許可を出す──そのための練習こそが、アサーティブなのかもしれない。

  • 🗯️ 誰かが話している途中で「ちょっとだけいい?」と挟んでみる
  • 🗨️ 「私はこう思った」と、“評価”じゃなく“気持ち”として伝える

🔥 FIREして、ブログでは語れるようになった

今、僕はFIREして、ゲイであることもブログの中では公言している。
このブログでは、自分の思ったことを自由に書けるようになった。
過去の自分では考えられなかったほど、たくさんの言葉を紡げるようになった。

でも、現実の場面で、それを口にできるかと言えば──まだ難しい。
友達の輪の中で、笑いながら、堂々と自分の意見を言える日が、いつか来るのだろうか。

それとも僕は、このまま「誰かが声をかけてくれるのを待つ人」のままなのだろうか。

🐣 殻を破るのは、他人の手じゃない

僕はずっと、誰かがノックしてくれるのを待っていた。
「話していいよ」「あなたの声を聞きたい」と言ってくれるのを待っていた。

でも、本当は──
殻を破るのは、内側からじゃないといけないんだと思う。

外から割られた殻では、傷ついてしまう。
でも内側から割った殻の向こうには、命がある。未来がある。

今、ブログという場で言葉を持った自分は、
もしかしたら少しずつ、その殻を内側からノックしているのかもしれない。

🌱 話すことへの“苦手”と、向き合ってみる

この記事は、僕自身の「話すことへの苦手意識」を整理したくて書きました。
もしかしたら同じような思いを持っている人が、どこかにいるかもしれないと思って。

「話せない自分」も、「言葉を紡げる自分」も、両方とも僕自身。
どちらかを否定するのではなく、大事にしていけたらと思っています。


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👻 夜中のトイレが怖い

夜中のトイレが、今でも怖い。その原因は、50年前に遡る、兄たちのちょっとした「いたずら」だった──。

🧒 幼少期の体験

三人兄弟の末っ子として生まれた私は、年の離れた兄たちがいる家庭で、幼い頃からよく一人で留守番をしていました。
当時の住まいは、今の明るく安全な家とは違い、足元がひんやりとするような、昔ながらの日本家屋。中でも奥まった場所にあったトイレは、昼間ですら薄暗く、独特のじめっとした空気が漂っていました。

そして、あの場所で、兄たちの悪夢のような“遊び”が何度か繰り返されました:

トイレを済ませ、ほっと一息ついてドアを開けた瞬間──

「わっ!」

背後から、まるで雷が落ちたかのような大声とともに、背中を強烈に叩かれる。

毎回、心臓が跳ね上がるほど驚きました。済ませたばかりなので、チビりませんでしたが。

当時は「やめてよ〜」と泣きながら訴えた記憶が、今も心のどこかに残っています。

あれから50年経った今でも、私は夜中のトイレが怖いのです。
用を足したあと、背後が気になって仕方がない。
「誰もいない」と分かっているのに、背中を叩かれるような気がしてしまう。

だから私は、普通に廊下を歩くことができません。
トイレを出た後は、壁に背中を擦りつけるようにして、横歩きで寝室へ向かいます。
背後に空間を作らないように。誰かがそこにいないことを、確認せずにはいられないんです。

いい大人が、と思われるかもしれません。

でも、「わかっているのに怖い」という感覚は、理屈ではなかなか解消できないんです。
体が先に反応してしまう。

📺 ドッキリ番組に重なる記憶

テレビ番組『水曜日のダウンタウン』でよく見るドッキリ企画では、ベッドの中やクローゼット、車の後部座席などに人が潜んでいて、それを発見した人が驚く――そんな演出が繰り返されます。
視聴者として見ていると、リアクションが面白くて笑ってしまうんですが、ふと自分の過去と重ねてしまいます。

「この人たち、扉を開けるのが怖くならなくなればいいけど……」と。

番組に文句を言いたいわけではありません。
バラエティにはバラエティのルールがあります。
でも、「驚かされる側」が心にどんな爪痕を残すかは、意外と誰にも見えないものなんだと、実体験として思います。

🤔 今思うこと──恐怖に寄り添うということ

兄たちは私をからかうつもりだっただけで、悪気はなかったと思います。
でも、その“からかい”が、50年たっても体に染みついた反応を作ってしまった。

もしあなたにも、似たような「なんで今でもこんなに怖いんだろう」という感覚があるなら、それは、子どもの頃のちょっとした出来事が、心の奥深くで根を張っているのかもしれません。

無理に忘れようとせず、「それだけ怖かったんだね」と、自分の心にそっと寄り添ってあげる──そんな優しさも、大人には、必要なのかもしれません。


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🌀 小さいものの集合が気持ち悪い

なぜかゾワッとするチョコパン

ある日、チョコパンの上にまぶされた小さなチョコ粒を見て、突然、鳥肌が立ち、気分が悪くなってしまいました。まさかチョコパンでこんな感覚になるとは思っていなかったので、自分でも驚きました。

でも不思議なことに、同じ粒チョコでも、入れ物に整然と入っている「ベビーチョコ」にはまったく反応しません。

この違い、いったい何が原因なのでしょう?

🧠 トライポフォビアとは?

「トライポフォビア(Trypophobia)」とは、小さな穴や突起、斑点などが密集している状態に対して、不快感や嫌悪、あるいは恐怖を感じる心理現象のこと。医学的な診断名ではありませんが、世界中で共感する人が多い感覚のようです。

たとえば、以下のようなものが苦手だと感じる人がいます:

  • ハスの実や蜂の巣
  • イチゴの種の密集
  • アリの群れや集合体
  • チーズの穴(種類によっては)

そして、私にとってはチョコパンのトッピング……

実を言うと、草間彌生さんの作品も少し苦手です。大小の水玉模様がキャンバス一面に広がるあの世界。大きい作品なら大丈夫なのですが、縮小された画像を見るとダメです。
美しいと感じる人が多い一方で、私はどこかゾワゾワしてしまって、長く直視できないことがあります。

🤔 なぜ不快になるのか?──3つの仮説

  1. 🔬進化的な防衛本能
    カビや皮膚病、寄生虫の卵などの「危険なもの」と無意識に結びつけて避けるように、脳が本能的に反応しているという説です。
  2. 🧩不規則な密集への嫌悪
    不規則で秩序のない密集は、「予測できない」「異常なもの」として脳が不快感を覚えやすいと考えられています。
  3. 👁️視覚刺激への過敏反応
    特定のパターンが脳の視覚処理に過剰な刺激を与え、「見るだけで疲れる・不安になる」ことも。

✅ 私の反応を振り返ってみると…

    状況感じたこと予想される理由
    チョコパンのトッピング(無秩序なチョコ粒) 鳥肌、吐き気 見た目が皮膚病変のように見えて無意識に「危険」と認識?
    入れ物に入ったベビーチョコ(整列) 何も感じない 規則性があり、人工的で清潔な印象を受けるため安心
    草間彌生の作品 ゾワッとする、目を逸らしたくなる 意図的に不規則なドットが無限に広がる様子に視覚過敏が反応?

    💡「病気」じゃなくても気をつけたい

    トライポフォビアは病気ではないようです。でも、日常生活に支障が出るほどの強い不快感がある場合は、認知行動療法などが役立つようです。

    ✨まとめ:自分の感覚を知る

    人によって「不快」と感じるポイントは違います。私はチョコパンのトッピングや草間彌生さんの水玉アートにゾワっとしてしまいますが、同じような見た目でも、規則的で清潔感のあるものにはまったく反応しません。

    大事なのは、「自分が何に反応しているのかを知ること」。そのうえで、無理に克服しようとせず、必要に応じて避けてもいいと思っています。

    🗨️コメント歓迎!

    あなたにも「なぜか見られないもの」「不快に感じる模様」がありますか? ぜひ教えてください。共感し合える仲間が、意外と多いかもしれません。


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    🎭 “徹也”として生きて、“隼人”として綴る

    🍼 「隼人」と名づけられるはずだった私

    私の本名は「徹也」。でも実は、生まれたときにつけられる予定だった名前は「隼人(はやと)」でした。

    由来は、当時テレビで放映されていたウルトラマンの“隼人隊員”──強くて優しくて、頼れるヒーローのような存在への憧れだったようです。

    ところが出生届を出す際、役所で「“隼”は当用漢字では使えない」と却下されてしまった。そこで、両親がとっさに思い浮かべた、尊敬している知り合いの名前をもらって「徹也」にしたのだとか。

    🎒 幼稚園で感じた“理不尽”との出会い

    それを聞いたのは幼稚園の頃。
    ちょうど同じクラスに「隼人くん」がいて、「え、あの子は許されたのにボクはダメなの?」と、強烈に不公平感を覚えた記憶があります。

    今思えば、世の中は理不尽なことであふれている──そう気づくきっかけだったのかもしれません。

    ⏳ 55年間、ずっと「徹也」として生きてきた

    生まれてからずっと「徹也」として生きてきました。
    正直、この名前に強い愛着があるわけではありません。でも、今さら変えるつもりもない。これまでの人間関係も、信頼も、全部「徹也」という名前とともに積み重ねてきたものだから。

    📱 インスタでは「隼人」として、心の声を発信する

    ただ最近、私の中でひとつ変化がありました。
    1か月ほど前から始めたインスタグラムでは、「隼人」として名乗ってみることにしたのです。

    リアルな場面では出せない気持ちや本音を、ここでは自由に語ってもいいんじゃないか。そんな気持ちで、小さな再出発をはじめました。

    🤔 “隼人隊員”はいなかった?記憶のすれ違い

    ちなみに後から調べてみたら──
    ウルトラマンに“隼人隊員”なんていなかった。
    いたのは「ハヤタ隊員」。どうやら両親の記憶違いだったみたいです。

    今度母に会ったときに、その話を笑いながらしてみようかな、なんて思っています。

    🏳️‍🌈 ゲイであることも、名前と同じ“もうひとつの本音”

    私はゲイとして生きています。
    長い間、自分を出せなかったこと。それも名前の話と同じように、「社会の枠組みの中で見えなくされる何か」だったのかもしれません。
    でも、ブログやSNSという場があるおかげで、徹也として抑えてきた声を、隼人という“もうひとつの自分”が代わりに語ってくれるような気がしています。

    🧳 名前に宿る人生──そして、これから

    名前ひとつにも、人生には物語が宿る。
    その物語をようやく、今なら言葉にできそうです。
    「氷川きよし」 が「 キーナ」になるみたいね!


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