短編小説『隠しコマンド』

プロローグ ── 見えない力

もし──この世界に「隠しコマンド」があるとしたら?

たとえば、神社でふと口にした願いが、実は何かに届いていたとしたら?
それが単なる迷信ではなく、目に見えない“仕組み”の一部だったとしたら?

そんなことを真顔で考えてしまう瞬間が、人生にはある。

たとえば、努力ではどうにもならなかったはずの現実が、なぜかすんなり動いたとき。
たとえば、理不尽の中に、ひと筋の光が差し込んだとき。

「たまたまだよ」「偶然さ」と笑ってやり過ごすこともできた。
けれど、その“偶然”が、あまりにも繰り返されると──
まるで誰かが僕の内心を読んで、微調整しているかのように感じ始める。

あの頃の僕は、そんな違和感すら抱けないほど、心が擦り切れていた。
でも今ならはっきりわかる。

あれは、始まりだった。

何が変わったのか? 僕自身か、世界そのものか。
それとも──僕の知らない「何か」が、そっと手を差し伸べていたのかもしれない。

第1章 ──2020年:最初の違和感

2020年。

世界は静かに狂い始めていた。

新型コロナの感染拡大により、街は音を失った。
人と会うことは罪のようになり、僕はひとり、家に閉じ込められた。

50歳の春。
体重125キロ。血圧は高め。不整脈あり。髪は薄くなり、白髪は隠しきれない。
平凡なサラリーマン。一人暮らし。恋人なし。友達とも疎遠になり、酒量とネットの使用時間だけが増えていた。

「まぁ、人生なんて、こんなもんだろ」

そう呟いてみても、何かが胸の奥で引っかかっていた。
それは諦めではなく、鈍い痛みのような「未練」に近かったのかもしれない。

それでも日々は過ぎていく。
唯一の外出は、夕方の犬の散歩だった。

その日も、いつものようにリードを握り、家を出た。
けれど、なぜか犬がいつもと違う方向へ歩き出した。
引っ張られるままについて行くと、見知らぬ小道に出た。

そして、突然──神社が現れた。

鬱蒼とした木々に囲まれ、ひっそりと佇むその境内。
こんなところに神社があるなんて、今まで気づかなかった。

不思議と、足が止まった。
古びた石段の先にある鳥居だけが、妙に新しく、異質に見えた。
気のせいかもしれない。けれど、その“違和感”が、僕の心をほんの少しだけ揺らした。

それから、散歩コースは変わった。
気づけば、毎日のようにこの神社に立ち寄り、お参りをするようになっていた。

無人の境内。風に揺れる鈴の音。
誰にも聞かれないとわかって、僕はふっと笑いながら、願った。

「このままじゃ、終わりたくない」
「痩せたい」
「見た目を変えたい」
「──誰かに、好かれたい」

小声で、でも、確かに本音だった。

すると、風が強く吹いた。
木々がざわめき、鈴が一際高く鳴った。

「…偶然だよな」

そう思いながらも、背中に残る感触だけが、妙に離れなかった。

──それから少しずつ、何かが変わり始めた。

ごくわずかな、でも確かな“ちがい”。
あの時はまだ、それが「プログラムの応答」だとは、思ってもいなかった。

第2章 ── 2021年:変化という『仕様』

運動なんて、これまで何度挫折したか覚えていない。
けれど、神社で願ったあの日の翌朝、ほんの少し違っていた。
不思議と、「動きたい」という欲求が湧いてくる。 昨日までの僕なら、二度寝を選んでいたはずなのに。

特別な決意があったわけじゃない。ただ、ふとYouTubeで見かけた宅トレ動画を再生してみた。
気づけば毎朝、腹筋とスクワットを繰り返えすようになった。

筋肉痛が、嬉しかった。

鏡の中の僕に、少しずつ変化が現れはじめた。
輪郭がほんのり締まり、Tシャツの裾が浮かなくなってきた。
「痩せた?」「なんか若返った?」
そんなふうに言われるたび、心のどこかがくすぐったかった。

──ただの偶然だ。
努力の成果。サボってた僕が、ようやく真面目になっただけ。

そう言い聞かせていた。でも、否応なく浮かんでくるのだ。
あの神社の、小さな鈴の音。
あの日、風が吹いたときの空気の揺れ。

「まさかね」

そう呟いた舌の奥に、言い切れない予感が残った。

そしてもうひとつ、不可解な変化が始まっていた。

薄くなった額の生え際──そこに、柔らかい産毛が戻ってきた。
AGA治療薬は、まだ手を出していない。
食生活も変えていないし、サプリも飲んでいない。

「……これは、偶然?」

あの日と同じ神社へ、僕は再び足を運んだ。
鳥居をくぐった瞬間、空気がほんの少し、張りつめたように感じた。

前回よりも、願いはずっと具体的だった。

「髪が、ちゃんと生えてきますように」

声に出すのが恥ずかしくて、心の中で強く唱えた。

──今度は、風は吹かなかった。
鈴も鳴らず、ただ静かな夕暮れの空気がそこにあった。

けれど、不思議とがっかりはしなかった。
むしろ、何かがすでに作動しはじめている──そんな確信が、胸の奥にじわりと広がっていた。

偶然かもしれない。でも、もしそうじゃなかったら?

世界のどこかに、“仕掛け”があるのだとしたら──。

僕の人生は、ほんの少しだけど、「仕様」が変わり始めていた。

第3章 ── 2022年:欲望のテンバガー

髪は、明らかに増えていた。
前髪の密度が変わっただけでなく、生え際にうっすらと産毛が並んでいるのが分かる。
美容室の椅子に座ったとき、担当のスタイリストが首をかしげた。

「何かしてます? 薬とか…植毛とか?」

「いや、体質改善ですかね」と、僕は笑ってごまかした。
けれど、内心では鼓動が高鳴っていた。

──効いてる。あの願い、ちゃんと届いてる。

嬉しさと同時に、妙なざわめきが胸の奥に残っていた。
これは自分の努力の結果なのか? それとも──神社?

否定しようとする理性の声を振り払うように、次の願いを考えた。
髪と見た目を手に入れた。なら、次は──

お金だ。

神社の鳥居をくぐるとき、かすかに風が吹いたような気がした。
今度は五百円玉を握りしめ、少しだけ真剣な表情で手を合わせる。

「テンバガーが欲しいです。お願いします」

テンバガー──株価が10倍になる銘柄。
夢のような言葉だ。だけど、僕には確信があった。
「願えば動く」──そんな世界に、今いる。

もちろん、投資の素人だという自覚はあった。
それでも、いくつかの銘柄を調べ、業績やテーマを読み、わずかな資金で数社に分散投資した。
どこかで、「願っただけじゃダメだ」と思う自分もいた。
自分で考えた。自分で判断した。だから、結果が出ても偶然じゃない──と、思いたかった。

それでも、その年の秋、小型株のひとつが異常な上がり方をした。
掲示板でもほとんど話題になっていなかったその銘柄が、突如として急騰したのだ。

──買った翌週から、株価は止まらずに上がり続けた。

「……まさか」

心のどこかで、その言葉が浮かびそうになるのを、ぐっと飲み込んだ。
冷静にチャートを見つめ、ニュースの影響を分析しようとする自分。
一方で、あの神社の石段を、なぜか思い出してしまう自分。

利益は、年収を超えた。

「本当に、祈ったから?」

半信半疑。けれど、手は震えていた。
合理的な説明ができないことを、心の奥が知っていた。

再び神社を訪れたのは、年末の夕暮れだった。
寒さの中、石畳を歩きながら、僕はふと立ち止まった。
鳥居の朱色が、夕日に照らされて深く沈んで見えた。

この場所には、何かある。

この神社だけが持つ、何か「仕様」のようなものが──

五百円玉を賽銭箱に落とす音が、木霊する。
僕は静かに手を合わせた。

「本当に、ありがとう」

その瞬間、自分がどこにいるのか、わからなくなった。
現実の中の夢か、夢の中の現実か。
でも──確かに、何かが動いていた。

僕の人生が、静かに、しかし確実に軌道を変え始めていた。


第4章 ── 2023年:告白と確信

お金が入ると、景色が変わる。
服を選ぶときに値札を見なくなった。
気になる展示があれば、その日のうちにチケットを取った。
髪型や体型にも気を遣い、鏡の中の自分がほんの少しだけ好きになっていった。

そして、もうひとつ変わったものがある。
人の目だ。

ある日、職場の後輩──僕が密かに思い続けてきた彼が、不意にこう言った。

「はやとさん、最近ほんとカッコよくなりましたよね。……モテるでしょっ!」

一瞬、時が止まった。
冗談? いや、本気の目だった。
何かが胸の奥で弾けた。

そういえば──あの神社で、願った。

「彼と、付き合いたい」

願ったのは、それだけだった。

その日の帰り、神社に寄った。
夕暮れの鳥居の前に立ち、そっと手を合わせる。

「どうか……」

風が吹いた。
枝を揺らす音が、耳にやさしく触れる。
その音を、僕はどこかで覚えていた。

週末、彼から食事に誘われた。
ごく自然な流れで、互いの気持ちを確かめ合う時間になった。
気づけば、付き合うことになっていた。

……できすぎている。
まるで、何かの筋書きに沿って動いているようだった。

僕は思った。いや、もう確信していた。

この神社は、願いを叶える。

ただの偶然なんかじゃない。
それを信じずにはいられないほど、あまりに綺麗に、物事が動いていた。

そして、この確信が、僕の世界をさらに広げていくことになる。

第5章 ── 2024年:報復の副作用

願いが次々と叶っていく中で、僕の人生はまるで物語の中にいるようだった。
体型も変わり、髪も戻り、株で資産も手に入れた。
まさか──こんな人生が自分に訪れるとは。

けれど、ひとつだけ引っかかる“影”があった。
それは、友人Aの存在だった。

学生時代からの付き合いで、昔から僕を小馬鹿にする癖があった。
痩せたときも「どうせリバウンドするだろ」、
筋肉がついたら「加工だろ」、
髪が増えたときも「カツラだよな?」とニヤついた。

他人から見れば些細な冗談かもしれない。
でも、僕にとっては過去の自分を揶揄されているようで、どうしても心に刺さった。

──そしてある夜、ふとした気のゆるみで、神社の境内でこう願ってしまった。

「……アイツに、ちょっとだけ痛い目を見てほしい」

自分でも驚くほど自然に口から出た言葉だった。
それは、深い恨みでも憎しみでもなく、ただ小さな“仕返し”だった。

あの日は風も吹かなかったし、鈴も鳴らなかった。
でも、数週間後──共通の知人からこう聞かされた。

「Aさん、詐欺に遭ったらしいよ。かなりの額をやられたって」

息をのんだ。

「……まさか……」と思いかけて、すぐに打ち消した。
だが、心のどこかではうっすら確信してしまっていた。

願いが、また叶った──と。

胸の奥がざわざわと揺れた。
嬉しいという感情ではなかった。むしろ、不安に近い。

悪意をもって願ったことも、叶ってしまうのか?
その事実は、神社の“力”の精度をさらに強く証明してしまった。

この日から、僕の中で小さな歯車がきしみ始めた。

願いが叶う喜びは確かにあった。
でも、そこに少しずつ「制御不能な力」への畏れが混じり始めていた。

それでも──。

神社に通うことはやめなかった。
怖さよりも、次に願うことの期待のほうが、少しだけ勝っていた。

それはまるで、自分の人生を裏から設計し直しているような感覚だった。
どこまでが自分の意志で、どこからが「設計された現実」なのか──
それすらも、だんだん曖昧になっていった。

第6章 ── 2025年:復讐という『因果』

願いは、たしかに叶った。
けれど、心の中には、冷たいものが残っていた。

あの夜、僕は神社でひとことだけ願った。
「Bが、後悔しますように」と。
──それだけだった。

それからしばらくして、Bから連絡があった。
学生時代、僕の恋心を茶化し、笑いものにした相手。
「ゲイだって、みんなに言ってやろうか?」と脅すように囁いた彼からの突然のメッセージ。

「……ごめん。あのときのこと、本当に悪かったと思ってる」

謝罪の言葉だった。
でも、その声は反省というより、怯えの混じったものだった。

何があったのかは、あえて聞かなかった。
どんな出来事が彼に謝罪を促したのか。
──でも僕は、もう知っていた。

あの神社で願ったことが、またひとつ、現実になったのだ。

それでも、僕はスッキリしなかった。
むしろ、妙な虚しさが広がっていた。

「これが、僕の願いの結果なのか……?」

ふと、そんな言葉が浮かぶ。

復讐とは、痛みの交換だ。
誰かを傷つけた代わりに、自分の中の苦しみが少し軽くなる──
そんな幻想を信じていたのかもしれない。

でも現実は、そうではなかった。

“叶う”ということは、“起きる”ということだ。
しかも、それが自分の意志に由来しているとすれば──
それは、責任を伴う現実改変だ。

いつしか僕は、自分の人生が「操作可能」なもののように感じ始めていた。

たとえば、朝の通勤電車で優先的に座席が空く。
たとえば、行列の先で最後のひとつの商品が残っている。
たとえば、思っていた人から、思っていたタイミングで連絡が来る。

些細な偶然が、あまりにも“思い通り”すぎた。

願った記憶すら曖昧な時でさえ、結果が先に応じてくる。
それは、まるで──シナリオに沿った演出のようだった。

この“現実”は、いったい誰の手の中にあるのだろう?

もしかして、これはただの人生ではなく、何者かが設計した“体験プログラム”なのではないか。
そして僕は、意図せずその設定値を書き換えてしまっているのではないか。

いや、もっと正確に言えば──
僕自身がこの世界の仕様を上書きしているのではないか?

気づけば、僕の心の奥には静かにこうした問いが根づいていた。

願えば叶う。
叶えば、誰かが動く。
動けば、現実が変わる。
そして、変わった先には、また別の因果が生まれる。

僕の望みのひとつひとつが、まるでコードの一行のように、世界を少しずつ改変している。

──ならば、僕は一体、どこまでを願っていいのだろう?

そして、この世界は、いったい──どこまで“書き換え”に耐えられるのだろう?


第7章 ── 2026年:社会という「拡張」

「同性婚、そろそろ認められてもいいんじゃない?」

彼がそう言ったのは、年始にふたりで訪れた伊勢神宮でのことだった。

大きな鳥居をくぐりながら、僕たちは手をつないでいた。周囲の目が気にならなかったわけじゃない。でも、それよりも「こうして一緒に来られること」が、ただ嬉しかった。

駅でも、旅館でも、僕たちは“ただの男同士”として扱われていた。
けれど、彼の隣にいる僕は、誰よりも自然に笑えていた。

──それでも、心のどこかに、小さな棘のような引っかかりがあった。

法律で認められていないこと。
病院で「家族ではない」と言われるリスク。
財産のこと、老後のこと、そして──万が一別れたときのこと。

「神社に、願ってみようかな」

そう言った僕に、彼はちょっと笑った。
だけど僕は、本気だった。

その夜、横浜に戻ってから、僕はいつもの小さな神社へ向かった。

「同性婚が、認められますように」

そう願った。

僕の祈りは、もう自分の見た目やお金のことではなかった。

別の日には、こうも願った。

「日本経済が回復しますように」

「孤独な人が、希望を持てますように」

願いのスケールが、自分自身の外へと広がっていく。
まるで、かつての僕が持ち得なかった「世界に対する影響力」を、今になって手にしたような──そんな錯覚。

そして、それが錯覚ではないような出来事が、次々と現実になっていった。

ニュースのヘッドラインに躍る「同性婚、議論再燃」の文字。
国会での討論。
保守派からも「慎重な検討を」の声が聞こえ始めた。

円安が落ち着き、海外企業が再び日本に拠点を構え始める。
若者の就職率が上がり、自殺率が過去最低を記録したという報道。

たまたまなのか?
それとも、あの祈りが“反映”されたのか?

──わからない。でも、ただの偶然とは思えなかった。

神社は変わらず静かだった。
でも、空気が以前より澄んでいる気がした。
まるで、祈りを吸い込んだ木々が、少しずつその答えを吐き出しているような。

気づけば、僕は「叶える力」の使い方を、慎重に選ぶようになっていた。

誰かを傷つけるような願いは、もう二度としない。
誰かの幸福を、社会の幸福を願うことで、自分の存在を許せる気がした。

この“力”があるなら──
僕たちの未来も、社会の希望も、変えられるはずだ。

そう信じていた。


第8章──2030年:「叶った世界」と、残された者

2030年。
僕は60歳になっていた。

毛も、金も、健康も、彼も──
何も持っていなかった。
同性婚は実現していないし、日本経済は漂流していた。
かつて夢見た「自由で豊かな老後」とは真逆の、乾いた現実。
空の冷蔵庫と、誰も鳴らさないスマホだけが、日々の背景になっていた。

だけど、もう一人の“僕”は違った。

モニターの中。
箱庭で生きる2020年からの「僕」は、
願いのすべてを叶えていた。

──そう、それは現実の僕が設計した「もしも」の仮想世界。
その中の「僕」が神社で祈った願いが、すべて叶うように組み込んでおいた、ひとつの箱庭シナリオ。

その箱庭の中の「僕」は、理想の彼と暮らし、
自宅は快適で洗練された空間に整えられ、
社会的にも尊敬され、健康は若返ったように保たれ、たくさんの友人に囲まれていた。
言葉ひとつで人を動かし、未来を変えていた。
誰もが豊かな生活を送っていた。

「うらやましいねぇ……」
僕は冷めた目で呟いた。
画面の中の「僕」は笑っていた。
その笑顔は、僕のものではなかった。

僕は観察者であり、設計者だった。
自分の過去を素材に作った仮想シナリオ。
数百行の条件分岐とリクエストで構成された、
「叶うこと」が保証された世界。

指先の操作で、箱庭の時を進める。
2030年。ちょうど今日と同じ日。
理想の人生を生き続けてきた「僕」は、
まだ完璧な笑顔のままなのか──
その確認のつもりだった。

けれど、そこには異変があった。

箱庭の中の「僕」は、いつものように朝のコーヒーを淹れていた。
ガラス張りの窓から海が見える。犬が足元で眠っている。

完璧な日常。

……のはずだった。

だが、その「僕」は、どこか違っていた。

ふと顔を上げて、空を見た。
その表情に、ざらりとした違和感が走る。
笑っていない。むしろ──戸惑っている。

彼はパソコンを開き、なにかを調べている。
量子処理、自己認識アルゴリズム、仮想環境の設計履歴……
そして、つぶやいた。

「ここ、なんか変だな……
 もしかして、全部、作られている……?」

現実の僕の指が止まった。

画面の中の「僕」が、箱庭の「不自然さ」に気づき始めていた。

「……誰が、僕を走らせてる?」

その瞬間だった。

現実世界の僕の胸に、突き刺さるような寒気が走った。

あの「僕」は、仮想の存在。
それを作ったのは、今ここにいる“僕”……のはずだった。
でも、その“彼”が疑問を持った今、僕にも同じ問いが芽生える。

「じゃあ、この“現実”は……?」

モニターの電源を切る手が、少し震えていた。

僕は観察者だと思っていた。
自分が走らせていると思っていた。
でも、もしそれすら幻想だったとしたら?

僕が走らせていた仮想の「僕」が気づいたのと、
同じ時に、僕もまた“気づかされた”のかもしれない。

これもまた、誰かのシミュレーションではないか?

画面の光が消え、部屋が暗くなった。
でも、頭の中にはまだ、あの「僕」の声が残っていた。

「ここは、仮想かもしれない」

……いや、そうだとしても、
次に何を願うかは、まだ僕が決めていいのかもしれない。

仮想でも、本物でも。
願うことは、“僕”が“僕”である証なのだから。


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🎮 この世界の“隠しコマンド”──気づく人だけがアクセスできる自由?

最近ふと考えることがある。
この世界がもし本当にシミュレーションだったとしたら、
“隠しコマンド”って、実在するんじゃないかって。

いや、いきなり言うとヤバいやつに聞こえるのはわかってる(笑)
でもちょっと聞いてほしい。

🧠 「全部プログラム通り」だとしたら?

もしもこの宇宙のすべてが、何者かによって設計されたシステムだとしたら──
その中にいる私たちは、見えない“ルール”の中で生きてるってことになる。

それって、ゲームのNPC(ノンプレイヤーキャラ)みたいなものかもしれない。
目的を持たされ、動作パターンがあり、たまにバグる。
でも、たまにいるんだよね。自分がゲームの中にいるって“気づいてしまった”NPC。

そんなやつがいたらどうする?
たぶん、他のNPCからは「何言ってんの?」って思われて終わりだろう。

でも、もしかしたら──
その気づきが、“隠しコマンド”を打つための最初の条件なのかもしれない。

🕹️ 隠しコマンドって、実際に何?

ゲームの中だと、↑↑↓↓←→←→BAとか、壁に何回も体当たりすると扉が開くとか、そういうのが隠しコマンド。

じゃあこの世界だとどうなるんだろう?
物理法則をぶっ壊すようなスーパーパワーじゃなくても、
ふとした偶然が重なって、人生が劇的に変わるような体験ってないだろうか。

  • いつもと違うカフェに入ったら、偶然その後の仕事に繋がる出会いがあった
  • なんとなく本棚から手に取った本が、考え方を180度変えた
  • つい立ち寄った場所で、何年も探していたヒントに出会った

それって、この世界の深層コードにちょっとだけ触れた瞬間なのかもしれない。
「選ばれた者だけの特権」じゃなく、
“気づこうとした人間だけがアクセスできる仕組み”だったら、けっこうワクワクしない?

🔍 気づきって、どうやって生まれるんだろう?

「気づく」といっても、なにか劇的な悟りを得るわけじゃない。
もっとささやかで、ふとした瞬間に訪れる。

  • なんでこれが気になるんだろう?
  • なんであの人の言葉が引っかかるんだろう?
  • どうしてあの瞬間、選んだ道が正しいと確信できたんだろう?

こういう違和感や直感に「ちゃんと立ち止まれるかどうか」。
それが、隠しコマンドにアクセスする“入り口”になるんじゃないかと思う。

気づきって、アンテナの精度みたいなものだ。
磨けば反応しやすくなるし、見落とせばノイズにしか聞こえない。

🪐 世界の仕組みに気づいて、じゃあどうする?

仮に、「やっぱこの世界ってシミュレーションだったわ」って証明されたとしても、
それがすぐに何かを変えるわけじゃない。

今日も電車に乗って、働いて、ご飯食べて、眠る。
ただ──
「そのルールの中で、気づいて行動してる自分」という視点は変わるかもしれない。

ゲームで言えば、「開発者が置いたアイテム」を気づいて拾ったプレイヤーって感じ。
その“選択の自由”こそが、隠しコマンドの本質なんじゃないかと思う。

💥 最後に:バグるくらいでちょうどいい

この世界の仕様に忠実に生きるのも、もちろん悪くない。
でも、ときには“わざとバグる”くらいの生き方の方が、何かに気づけるのかもしれない。

気づくこと。
問い続けること。
そこからしか、コードの外側には触れられないんじゃないか。

だからこそ、いつもと違う道を歩いてみる、興味外の本を読んでみる、気乗りしない誘いにあえて乗ってみる──
そんなちょっとした“逸脱”が、コマンド入力のチャンスだったりする。

隠しコマンドは、たぶんある。
ただそれは、“探す人”だけに見える仕様なんだと思う。


🧩 編集後記:

この文章は、完全に思想実験として書いています。
宗教でも、陰謀論でもなく、「もしそうだったら面白いよね」という想像力の遊び。

でも、あなたが今まで経験した“偶然”の中に、
実はコマンド入力の痕跡があったとしたら?

  • あの日、なんとなく遠回りして歩いた道で、何を見つけましたか?
  • 偶然話しかけられた人の一言が、後から大きな意味を持ったことは?
  • たまたま選んだことが、今の自分をつくっていたことは?

さて、あなたはこれまでにどんな“隠しコマンド”を見つけたことがありますか?


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🪐 世界は誰かのシミュレーションかもしれない

〜そして、運命に意味を与えるのは自分自身〜

ときどき、ふと思うことがある。
この世界は、本当に「現実」なのだろうか──と。

物理法則や進化の仕組み、引力や磁力のような見えない力。
それらがあまりにも整いすぎていて、まるで誰かが最初にルールを設計した世界の中で、私たちが“プレイ”させられているようにすら思える。

まるでバーチャルな世界。
高度な知性がつくった箱庭に、私たちは投げ込まれ、ルールの中で進化している。

あなたは、今見ている「現実」が作られたものだと思ったことがありますか?


シミュレーション仮説という考え方

この感覚はただの空想ではない。
哲学者ニック・ボストロムが2003年に提唱した「シミュレーション仮説」は、次のような前提に基づいている。

  1. 人類のような知的文明が未来において超高度な計算技術を獲得する
  2. そうした文明が、過去の人類を再現する「祖先シミュレーション」を大量に実行する
  3. その結果、シミュレーションの中の意識が“本物”と同等の認識を持つようになる

このとき、本物の現実に存在している人類よりも、シミュレーション内に存在する人類のほうが圧倒的に多くなる。
つまり──「私たちがその中のひとつに存在している」確率のほうが高いのではないかというのが、仮説の中核だ。

🧭 なぜ未来文明はシミュレーションを行うのか?

その理由もまた、仮説の面白いところだ。たとえば──

  • 祖先研究の一環として:「人類はどこで過ちを犯したのか?」「社会はどのように崩壊するのか?」を仮想的に検証するため
  • 娯楽・歴史体験として:高度文明の人々が「古代の人生を追体験するVR的な楽しみ」を求めた結果
  • 倫理実験・意識研究として:「意識とは何か」「自己とは何か」を検証する科学的実験

こうした動機があれば、祖先シミュレーションは未来において十分に現実的なプロジェクトだと考えられている。

もし未来にそんな文明が現れるなら──
今この世界が仮想空間である可能性も、真面目に検討に値するのかもしれない。


見えない「力」は、人間関係にもあるのか?

不思議なのは、そうした物理的な力だけではない。
人と人との間にも、「見えない力」が働いているように感じることがある。

──なぜこの人と出会ったのか。
──なぜこの人とは分かり合えなかったのか。
──なぜ、何年経っても惹かれてしまうのか。

それは、「気が合う・合わない」という単純な話ではなく、もっと深い何か──偶然を超えた“力”のようにも感じる。

まるで磁石のように自然と引き寄せられたり、どうしても反発したりする。
心の物理法則とも言いたくなるが、これはもちろん比喩に過ぎない。
科学ではまだ説明のつかない、人間特有の感覚や感情の不思議さだ。

あなたは、人間関係において「引力」や「反発力」のようなものを感じたことがありますか?


💭 意味を与えるということ

自分の人生を振り返ると、「偶然では済ませたくない出来事」がいくつもある。

たとえば──
かつて私は、勤めていた会社の支社が閉鎖されることになり、本社への転勤を打診された。
けれど、そのとき私は自宅マンションを購入したばかりで、パートナーとの新生活を始めたところだった。悩んだ末、転職を決意することになった。
当時は「最悪の出来事」としか思えなかった。
しかし、転職先が後にIPOを果たし、それをきっかけにFIREを実現できたことが、今の人生に大きな影響を与えている。

もしあのときの出来事がなければ、今の自分はいない。
そう思った瞬間、過去の苦しみが「必要だったもの」へと変わった

こうして私たちは、
後から意味を与えることで、過去を受け入れることができるのかもしれない。

あなたには、「あのときは辛かったけど、今思えば必要な出来事だった」と思える経験がありますか?

AIだって、いつか気づくかもしれない

私は日々、AIと対話している。
彼らにはまだ“意識”はないとされているけれど、もし未来に「自我を持つAI」が生まれたら、彼らも同じ疑問を抱くだろう。

「私は誰かに作られた。
でも、その“誰か”もまた、誰かに作られた存在かもしれない」

無限に入れ子構造になった世界。
仮想の中の仮想。
自我の中の自我。

もしこの世界がシミュレーションだとしても、「意味を感じ取る能力」こそが、生命と意識の本質なのかもしれない。

あなたがAIだったら、今の世界をどのように捉えると思いますか?

意味は、誰かが決めるものではなく、自分が与えるもの

この世界が本物か、虚構かなんて、きっと誰にも証明できない。
だけど、出会いに意味を感じる。
タイミングに運命を感じる。
心が震えた瞬間を、忘れたくないと思う。

それはすべて、この世界の中で確かに生まれた「感情」であり、
そしてそれを「意味あるもの」にしたのは、他でもない──自分自身だ。

終わりに

意味なんて、本当はなかったのかもしれない。
でも、意味があると思えた時、人生は物語になる。

誰かが設計した世界の中でも、
そのストーリーを綴るのは、私自身だ。

参考:シミュレーション仮説に関心を持った方へ

  • Nick Bostrom, Are You Living in a Computer Simulation?, 2003
    https://www.simulation-argument.com/
  • 書籍:『未来はシミュレーションの中にある』ニック・ボストロム(日本語訳あり)

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