🎮 この世界の“隠しコマンド”──気づく人だけがアクセスできる自由?

最近ふと考えることがある。
この世界がもし本当にシミュレーションだったとしたら、
“隠しコマンド”って、実在するんじゃないかって。

いや、いきなり言うとヤバいやつに聞こえるのはわかってる(笑)
でもちょっと聞いてほしい。

🧠 「全部プログラム通り」だとしたら?

もしもこの宇宙のすべてが、何者かによって設計されたシステムだとしたら──
その中にいる私たちは、見えない“ルール”の中で生きてるってことになる。

それって、ゲームのNPC(ノンプレイヤーキャラ)みたいなものかもしれない。
目的を持たされ、動作パターンがあり、たまにバグる。
でも、たまにいるんだよね。自分がゲームの中にいるって“気づいてしまった”NPC。

そんなやつがいたらどうする?
たぶん、他のNPCからは「何言ってんの?」って思われて終わりだろう。

でも、もしかしたら──
その気づきが、“隠しコマンド”を打つための最初の条件なのかもしれない。

🕹️ 隠しコマンドって、実際に何?

ゲームの中だと、↑↑↓↓←→←→BAとか、壁に何回も体当たりすると扉が開くとか、そういうのが隠しコマンド。

じゃあこの世界だとどうなるんだろう?
物理法則をぶっ壊すようなスーパーパワーじゃなくても、
ふとした偶然が重なって、人生が劇的に変わるような体験ってないだろうか。

  • いつもと違うカフェに入ったら、偶然その後の仕事に繋がる出会いがあった
  • なんとなく本棚から手に取った本が、考え方を180度変えた
  • つい立ち寄った場所で、何年も探していたヒントに出会った

それって、この世界の深層コードにちょっとだけ触れた瞬間なのかもしれない。
「選ばれた者だけの特権」じゃなく、
“気づこうとした人間だけがアクセスできる仕組み”だったら、けっこうワクワクしない?

🔍 気づきって、どうやって生まれるんだろう?

「気づく」といっても、なにか劇的な悟りを得るわけじゃない。
もっとささやかで、ふとした瞬間に訪れる。

  • なんでこれが気になるんだろう?
  • なんであの人の言葉が引っかかるんだろう?
  • どうしてあの瞬間、選んだ道が正しいと確信できたんだろう?

こういう違和感や直感に「ちゃんと立ち止まれるかどうか」。
それが、隠しコマンドにアクセスする“入り口”になるんじゃないかと思う。

気づきって、アンテナの精度みたいなものだ。
磨けば反応しやすくなるし、見落とせばノイズにしか聞こえない。

🪐 世界の仕組みに気づいて、じゃあどうする?

仮に、「やっぱこの世界ってシミュレーションだったわ」って証明されたとしても、
それがすぐに何かを変えるわけじゃない。

今日も電車に乗って、働いて、ご飯食べて、眠る。
ただ──
「そのルールの中で、気づいて行動してる自分」という視点は変わるかもしれない。

ゲームで言えば、「開発者が置いたアイテム」を気づいて拾ったプレイヤーって感じ。
その“選択の自由”こそが、隠しコマンドの本質なんじゃないかと思う。

💥 最後に:バグるくらいでちょうどいい

この世界の仕様に忠実に生きるのも、もちろん悪くない。
でも、ときには“わざとバグる”くらいの生き方の方が、何かに気づけるのかもしれない。

気づくこと。
問い続けること。
そこからしか、コードの外側には触れられないんじゃないか。

だからこそ、いつもと違う道を歩いてみる、興味外の本を読んでみる、気乗りしない誘いにあえて乗ってみる──
そんなちょっとした“逸脱”が、コマンド入力のチャンスだったりする。

隠しコマンドは、たぶんある。
ただそれは、“探す人”だけに見える仕様なんだと思う。


🧩 編集後記:

この文章は、完全に思想実験として書いています。
宗教でも、陰謀論でもなく、「もしそうだったら面白いよね」という想像力の遊び。

でも、あなたが今まで経験した“偶然”の中に、
実はコマンド入力の痕跡があったとしたら?

  • あの日、なんとなく遠回りして歩いた道で、何を見つけましたか?
  • 偶然話しかけられた人の一言が、後から大きな意味を持ったことは?
  • たまたま選んだことが、今の自分をつくっていたことは?

さて、あなたはこれまでにどんな“隠しコマンド”を見つけたことがありますか?


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🍃 静かすぎた退職

最後まで一度も出社せずに、私は会社を辞めました。
これは決して「幽霊社員だった」という話ではありません(笑)
在宅勤務がすっかり日常になったコロナ以降、私の退職も、いつの間にか「オンライン完結型」になっていたのです。

💼 客先常駐から在宅勤務へ──そして退職まで

もともと私は客先常駐のエンジニアで、自社に帰るのは月1回。
それがコロナをきっかけに、客先もフルリモート体制へ。
結果として、自社にも客先にも出社しないまま、丸4年が経ちました。

👋 客先は送別会あり、自社は「郵送退職」

退職時、客先へは貸与されたPCや入館証を返却するため出向きました。
ありがたいことに送別会まで開いてくださって──
久々に直接お礼が言えたことは、今でもありがたく感じています。

一方、自社はというと…社員証などはすべて郵送で返却。
退職手続きも完全にオンラインで、最後まで一度も出社することはありませんでした。

😶 静かすぎる別れに、少しの寂しさ

仲の良かった同僚に、直接お礼を伝えられなかったのは、やっぱり心残りです。
でも、気まずかった上司に会わずに済んだのは──正直ありがたかった(笑)
音もなくフェードアウトしていくような、静かな退職。
そんな終わり方も、自分らしいのかもしれません。

🚚 街で見かけた「退職代行モームリ」の宣伝カー

そんなことを思い返していた頃、ある日街中で目を奪われました。
「退職代行モームリ」の宣伝カーが、陽気なBGMを流しながら走っていたのです。

“辞めること”が、ここまでポップに扱われる時代なのか──
少し驚きつつも、妙に納得する自分がいました。

🎮「リセットするように辞める」ことへの違和感

退職代行というサービスが必要な場面は確かにあります。
たとえば、パワハラや長時間労働など、心を壊すような環境から脱出するには、有効な手段です。

でも最近は、そこまで追い詰められていなくても、
「とりあえず辞めよう」「伝えるのが面倒だから代行で」
というケースも増えていると聞きます。

まるでゲームが詰んだときのように、“リセット感覚”で仕事を辞めてしまう──
それって、本当に自分の人生に責任を持っていると言えるのかな?と、少し考えてしまうのです。

🗳️ 人生の選択肢は「他人任せ」にしないほうがいい

自分の人生の節目を、誰かに委ねてしまうこと。
それは、「自分で選ぶことを放棄する」姿勢にも見えてしまいます。

この感覚、実は政治への無関心にも似ています。
選挙に行かず、「どうせ何も変わらない」と言う──
でも本当に変わらないのは、「自分では動かない」からかもしれません。

人生の大事な選択肢は、面倒でも、怖くても、
やっぱり“自分の意志”で踏み出していくものだと思うのです。

🍻 あのとき言えなかった「ありがとう」を、今こそ

あれから1年。
静かに会社を離れた日から、少しずつ気持ちの整理がついてきました。

そろそろ、あのときちゃんと伝えられなかった「ありがとう」を言いたくて──
気の合う元同僚を誘って、久しぶりに一杯やろうと思っています。

あの日交わせなかった会話の続きを、ようやく始められそうです。


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