🧑🤝🧑 「ゲイ=オネエ」の誤解を、そろそろ終わりにしませんか?
ゲイとして生きる中で、テレビで見かける“ゲイ像”と現実とのギャップに、何度も戸惑ってきました。
マツコ・デラックスさん、ミッツ・マングローブさん、IKKOさんなど、女装をまとい「お姉さんキャラ」として活躍する方々が、バラエティ番組では圧倒的な存在感を放っています。
もちろん、彼らの存在がゲイというアイデンティティを世の中に可視化する突破口になったことは間違いありません。でも、そのイメージだけが「ゲイの代表像」として一人歩きしてしまう現実に、私はずっと違和感を抱えてきました。
👨 「男らしいゲイ」の存在は、なぜ見えにくい?
私自身、男性的な容姿で、男性的な振る舞いをしていて、恋愛対象は男性──いわゆる「ノンケっぽい」と言われるタイプのゲイです。
私の感覚では、こうしたタイプのゲイが全体の半分ほどを占めていて、残り半分は、男性的な容姿ながらもやや女性的な所作や話し方を持つ人たち。いずれにせよ、「女装」や「オネエ」とは無縁のスタイルです。
ところが、テレビやメディアで紹介されるのは、ほとんどが「わかりやすい記号」としてのゲイ像。結果、「ああいう人がゲイなんでしょ?」という単純化されたイメージばかりが広がり、私のようなゲイの存在は、社会の視野からこぼれ落ちてしまっているのです。
(※なお、正確な統計はありませんが、LGBTQ+に関する調査の中でも「マスキュリン(男性的)なゲイの存在は可視化されにくい」といった分析は散見されます。)
🕯️ 唯一無二だったマエケンさん
そう考えると、2年ほど前に亡くなった前田健(マエケン)さんは、とても貴重な存在でした。
テレビでは“オネエ”として笑いを取る場面もありましたが、書籍や対談では、自身の孤独や家族との距離、恋愛の苦悩などを、静かに、真摯に語っていました。
テレビのキャラとして求められる役割と、自分自身のリアル。その両方を背負いながらも、画面の奥に「本当の声」をにじませていた数少ない人だったと思います。
🎤 槇原敬之さんに思うこと
もうひとり、私の中で特別な存在なのが槇原敬之さんです。
一時期、彼自身が同性のパートナーの存在をにおわせるような発言をしたことがありました。しかし、ファンや社会の空気を慮ってか、それはすぐに“なかったこと”のように扱われ、長く語られることはありませんでした。
そして近年、報道によって再び同性パートナーの存在が伝えられましたが、あらためてセクシュアリティについて公に語ることはありませんでした。
けれど私は、それを単なる“沈黙”だとは思っていません。
もしかすると、彼はこうした懸念を抱いていたのかもしれません──
「ゲイが薬物に手を染める存在だと誤解されたくない」と。
あくまで私の想像ですが、もしそうだとすれば、それはゲイ全体に対する深い配慮ゆえの選択だったのではないでしょうか。
彼のような実力と影響力のあるアーティストが、いつか自然体で「これは自分なんです」と語ってくれたら。日本社会の“ゲイ観”は、きっと少しずつでも書き換わっていく。
そんな希望を、私は静かに持ち続けています。
🌎 世界を見れば、ティム・クックがいる
海外に目を向ければ、AppleのCEO、ティム・クックが思い浮かびます。
2014年に彼がカミングアウトした際、「自分の行動が誰か若い人の人生を少しでも楽にするなら、それが私の責任だ」と語ったのは象徴的でした。
彼は「ゲイらしさ」を特別アピールするわけでもなく、ただ誠実に仕事をして、世界中の尊敬を集めている。その姿こそ、「見た目や振る舞いでセクシュアリティを判断することはできない」という、もっとも静かで強い証明なのだと思います。
🌈 だから私はブログで発信したい
「ゲイにもいろいろいる」という当たり前のことが、まだ十分に共有されていない──
それが、私がこのブログを書く原動力です。
ゲイだからといって、みんなが女装を好むわけじゃない。華やかに振る舞うわけでもない。
静かに日常を生きながら、たまたま同性を愛している──そんな人も、ここにちゃんと存在している。
私のような「普通に見える」ゲイは、だからこそ誰にも気づかれず、ひとり孤独を抱えていることもある。
そんな存在を、見えないままにしてはいけない。
この社会に埋もれてしまいそうな声に、輪郭を与えたい。
見えないものに、名前を与えるために──。
📝 あなたの周りでは、“ゲイ”ってどんなイメージですか?
もしよければ、コメント欄で聞かせてください。
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