夜中のトイレが、今でも怖い。その原因は、50年前に遡る、兄たちのちょっとした「いたずら」だった──。
🧒 幼少期の体験
三人兄弟の末っ子として生まれた私は、年の離れた兄たちがいる家庭で、幼い頃からよく一人で留守番をしていました。
当時の住まいは、今の明るく安全な家とは違い、足元がひんやりとするような、昔ながらの日本家屋。中でも奥まった場所にあったトイレは、昼間ですら薄暗く、独特のじめっとした空気が漂っていました。
そして、あの場所で、兄たちの悪夢のような“遊び”が何度か繰り返されました:
トイレを済ませ、ほっと一息ついてドアを開けた瞬間──
「わっ!」
背後から、まるで雷が落ちたかのような大声とともに、背中を強烈に叩かれる。
毎回、心臓が跳ね上がるほど驚きました。済ませたばかりなので、チビりませんでしたが。
当時は「やめてよ〜」と泣きながら訴えた記憶が、今も心のどこかに残っています。
あれから50年経った今でも、私は夜中のトイレが怖いのです。
用を足したあと、背後が気になって仕方がない。
「誰もいない」と分かっているのに、背中を叩かれるような気がしてしまう。
だから私は、普通に廊下を歩くことができません。
トイレを出た後は、壁に背中を擦りつけるようにして、横歩きで寝室へ向かいます。
背後に空間を作らないように。誰かがそこにいないことを、確認せずにはいられないんです。
いい大人が、と思われるかもしれません。
でも、「わかっているのに怖い」という感覚は、理屈ではなかなか解消できないんです。
体が先に反応してしまう。
📺 ドッキリ番組に重なる記憶
テレビ番組『水曜日のダウンタウン』でよく見るドッキリ企画では、ベッドの中やクローゼット、車の後部座席などに人が潜んでいて、それを発見した人が驚く――そんな演出が繰り返されます。
視聴者として見ていると、リアクションが面白くて笑ってしまうんですが、ふと自分の過去と重ねてしまいます。
「この人たち、扉を開けるのが怖くならなくなればいいけど……」と。
番組に文句を言いたいわけではありません。
バラエティにはバラエティのルールがあります。
でも、「驚かされる側」が心にどんな爪痕を残すかは、意外と誰にも見えないものなんだと、実体験として思います。
🤔 今思うこと──恐怖に寄り添うということ
兄たちは私をからかうつもりだっただけで、悪気はなかったと思います。
でも、その“からかい”が、50年たっても体に染みついた反応を作ってしまった。
もしあなたにも、似たような「なんで今でもこんなに怖いんだろう」という感覚があるなら、それは、子どもの頃のちょっとした出来事が、心の奥深くで根を張っているのかもしれません。
無理に忘れようとせず、「それだけ怖かったんだね」と、自分の心にそっと寄り添ってあげる──そんな優しさも、大人には、必要なのかもしれません。
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