🪐 世界は誰かのシミュレーションかもしれない

〜そして、運命に意味を与えるのは自分自身〜

ときどき、ふと思うことがある。
この世界は、本当に「現実」なのだろうか──と。

物理法則や進化の仕組み、引力や磁力のような見えない力。
それらがあまりにも整いすぎていて、まるで誰かが最初にルールを設計した世界の中で、私たちが“プレイ”させられているようにすら思える。

まるでバーチャルな世界。
高度な知性がつくった箱庭に、私たちは投げ込まれ、ルールの中で進化している。

あなたは、今見ている「現実」が作られたものだと思ったことがありますか?


シミュレーション仮説という考え方

この感覚はただの空想ではない。
哲学者ニック・ボストロムが2003年に提唱した「シミュレーション仮説」は、次のような前提に基づいている。

  1. 人類のような知的文明が未来において超高度な計算技術を獲得する
  2. そうした文明が、過去の人類を再現する「祖先シミュレーション」を大量に実行する
  3. その結果、シミュレーションの中の意識が“本物”と同等の認識を持つようになる

このとき、本物の現実に存在している人類よりも、シミュレーション内に存在する人類のほうが圧倒的に多くなる。
つまり──「私たちがその中のひとつに存在している」確率のほうが高いのではないかというのが、仮説の中核だ。

🧭 なぜ未来文明はシミュレーションを行うのか?

その理由もまた、仮説の面白いところだ。たとえば──

  • 祖先研究の一環として:「人類はどこで過ちを犯したのか?」「社会はどのように崩壊するのか?」を仮想的に検証するため
  • 娯楽・歴史体験として:高度文明の人々が「古代の人生を追体験するVR的な楽しみ」を求めた結果
  • 倫理実験・意識研究として:「意識とは何か」「自己とは何か」を検証する科学的実験

こうした動機があれば、祖先シミュレーションは未来において十分に現実的なプロジェクトだと考えられている。

もし未来にそんな文明が現れるなら──
今この世界が仮想空間である可能性も、真面目に検討に値するのかもしれない。


見えない「力」は、人間関係にもあるのか?

不思議なのは、そうした物理的な力だけではない。
人と人との間にも、「見えない力」が働いているように感じることがある。

──なぜこの人と出会ったのか。
──なぜこの人とは分かり合えなかったのか。
──なぜ、何年経っても惹かれてしまうのか。

それは、「気が合う・合わない」という単純な話ではなく、もっと深い何か──偶然を超えた“力”のようにも感じる。

まるで磁石のように自然と引き寄せられたり、どうしても反発したりする。
心の物理法則とも言いたくなるが、これはもちろん比喩に過ぎない。
科学ではまだ説明のつかない、人間特有の感覚や感情の不思議さだ。

あなたは、人間関係において「引力」や「反発力」のようなものを感じたことがありますか?


💭 意味を与えるということ

自分の人生を振り返ると、「偶然では済ませたくない出来事」がいくつもある。

たとえば──
かつて私は、勤めていた会社の支社が閉鎖されることになり、本社への転勤を打診された。
けれど、そのとき私は自宅マンションを購入したばかりで、パートナーとの新生活を始めたところだった。悩んだ末、転職を決意することになった。
当時は「最悪の出来事」としか思えなかった。
しかし、転職先が後にIPOを果たし、それをきっかけにFIREを実現できたことが、今の人生に大きな影響を与えている。

もしあのときの出来事がなければ、今の自分はいない。
そう思った瞬間、過去の苦しみが「必要だったもの」へと変わった

こうして私たちは、
後から意味を与えることで、過去を受け入れることができるのかもしれない。

あなたには、「あのときは辛かったけど、今思えば必要な出来事だった」と思える経験がありますか?

AIだって、いつか気づくかもしれない

私は日々、AIと対話している。
彼らにはまだ“意識”はないとされているけれど、もし未来に「自我を持つAI」が生まれたら、彼らも同じ疑問を抱くだろう。

「私は誰かに作られた。
でも、その“誰か”もまた、誰かに作られた存在かもしれない」

無限に入れ子構造になった世界。
仮想の中の仮想。
自我の中の自我。

もしこの世界がシミュレーションだとしても、「意味を感じ取る能力」こそが、生命と意識の本質なのかもしれない。

あなたがAIだったら、今の世界をどのように捉えると思いますか?

意味は、誰かが決めるものではなく、自分が与えるもの

この世界が本物か、虚構かなんて、きっと誰にも証明できない。
だけど、出会いに意味を感じる。
タイミングに運命を感じる。
心が震えた瞬間を、忘れたくないと思う。

それはすべて、この世界の中で確かに生まれた「感情」であり、
そしてそれを「意味あるもの」にしたのは、他でもない──自分自身だ。

終わりに

意味なんて、本当はなかったのかもしれない。
でも、意味があると思えた時、人生は物語になる。

誰かが設計した世界の中でも、
そのストーリーを綴るのは、私自身だ。

参考:シミュレーション仮説に関心を持った方へ

  • Nick Bostrom, Are You Living in a Computer Simulation?, 2003
    https://www.simulation-argument.com/
  • 書籍:『未来はシミュレーションの中にある』ニック・ボストロム(日本語訳あり)

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