🗣 なぜ僕は「僕」と言えなかったのか?

🗣 なぜ僕は「僕」と言えなかったのか?

🌀 自分との葛藤──言いたいのに言えなかった場面たち

誰かと話しているとき、ふと気づくことがある。
「あれ? 今の、僕はちゃんと伝えたかったことを言えたのかな?」
そう思う瞬間が、案外多い。

たとえば、会議で意見を求められても、
つい周りの意見に流されてしまったり、
本当は少し違和感があっても、「うん、そうかもね」と頷いてしまったり。
その場では「波風を立てずに済んだ」とホッとするけれど、
あとで一人になってから、「ああ言えばよかったな」と、静かに後悔する。

周りに合わせすぎてしまうのか、
空気を壊したくないのか、
そもそも自分の考えがよく分かっていないのか。

理由ははっきりしないけれど、
気がつくと、僕はまた「自己主張できなかったな」と、もどかしさを抱えていた。

🔍 翻訳との遭遇──違和感は、LINEが教えてくれた

先日、日本語がまったく話せない人と知り合って、
LINEの自動翻訳機能を使ってチャットをした。

いつも通りに日本語で入力したら、
僕が「自分のこと」を話しているつもりだった文章が、
英語では “you” や “your” に訳されていた。

それはまるで、僕の言葉が僕の手元から離れ、
相手に責任が押し付けられているような──そんな奇妙な感覚だった。
「え、僕は自分の話をしているんだけど…」と、内心ざわついた。

それで、翻訳される前の日本語の段階で、
主語や所有格(私、僕の)を意識して入れるようにした。
すると、相手の返事もスムーズになったし、
なにより、「これは僕の言葉だ」という実感が、ほんの少しだけ芽生えた。

🌱 言葉の力──主語を入れることで見えた自分

もしかして、これって普段の日本語の会話でも意識してみたら、
何か変化があるんじゃないか。
そんな予感がした。

それから、会話の中で、できるだけ主語を入れるようにしている。
「やった」ではなく「僕がやった」。
「いいと思う」ではなく「僕はそれがいいと思う」。

たったそれだけの違いなのに、
自分の気持ちに責任を持てたような感覚があった。
まるで、自分の発言にちゃんと「自分の名前のハンコを押した」みたいな、
そんな確かな手応えがあった。

誰かを説得したいとか、自分を大きく見せたいわけじゃない。
ただ、「僕はこう思っているよ」と言えるようになりたいだけなんだ。

🌸 ゆるやかな変化──自分の言葉で生きていくために

主語を入れる。
それだけのことで、自分の言葉が、自分のものになっていく気がする。

「僕は、まだうまく言えないけれど」
「僕は、これから少しずつ変わりたいと思ってる」

そんな風に、自分の気持ちを“名乗る”ことから始められたら、
きっと未来の僕は、もう少しだけ強く、優しくなれるんじゃないか──
今は、そんな風に思っている。

そして、もしこの文章を読んでくれたあなたが、
ふと立ち止まって、こう問いかけてくれたら嬉しい。

「今日は、自分のことを、自分の言葉で表現できただろうか?」

この小さな一歩が、きっとあなたの、そして僕の言葉を、
もっと豊かにしてくれるはずです。


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